賢人を賢人たらしめている行動や考え方は。そして大切にしている習慣は──。
インタビューを通じて、そんな共通点を探っていきます。
大きな転機となった「識学」の出会い
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安藤さんはラガーマンでいらっしゃいます。
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高校でのラグビーが不完全燃焼だったので、大学では本気で日本一を目指してみようと早稲田のラグビー部に入りました。当時の部員は30人ほどで、スポーツ推薦で入った部員より一般入試組のほうがずっと多かったです。
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早稲田のラグビーはいかがでしたか。
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思ったほどの成果は上げられなかったんです。ただ3年生の春シーズン、上のチームの選手が怪我をしたこともあって、ちょっとだけ一部の試合に出場できました。春って社会人チームのリクルートシーズンでもあるんです。おかげでNTTドコモのラグビー部の目に留まったようで、同社でラグビーを続けることになりました。
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ではラグビーでNTTドコモに入社されたのですか。
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そういうことです。当時のNTTドコモは、仕事とラグビーをちゃんと両立させましょうという方針で、夕方6時まで働いて、それから練習していました。ところが途中から強化に力を入れるようになって、仕事は午後1時まで、あとは練習と変わってしまったんです。僕は社会人としてしっかり仕事をした上でラグビーを続けると決めていたので、話が違うということでラグビー部は退部しました。
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NTTドコモではどういうお仕事を。
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代理店営業です。それまでラグビーしか知らなかったですから、とても楽しかったですよ。ただ次第に自分でなくてもできる仕事じゃないかと思い始め、もっと成長できる環境で働きたいと考えて人材派遣のジェイコムホールディングス(現・ライクスタッフィング)に転職しました。26歳でした。
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当時は人材業界もジェイコムホールディングスも勢いがありましたね。
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ええ。経営に近いところで仕事をしたいと思って入社し、相応のポジションで働けたと思います。その後、当時のイー・アクセスに移ることになったんですが、そのタイミングで同社がソフトバンクに買収されてしまったんです。NTTドコモを辞めたというのに、また同じような大企業で働くのは自分にとっては後戻りする感覚でした。どうしようかと入社するのを逡巡していたときに、識学というロジックに出会ったんです。
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そのタイミングで出会っちゃったと。
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ジェイコムホールディングスには辞めると言っちゃったし、イー・アクセスは何か違うし、というときでした。
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識学は安藤さんが開発されたメソッドだと思っていました。
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違うんですよ、当社の第2位の株主の、福富というものがつくったんです。
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そうだったんですか。
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彼は仙人というか、学者みたいな人間で、組織はどうやって動いているのかということを数10年間、個人で細々と研究を続けていたんです。そんな福富と、たまたま知人を介して会いました。
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その出会いがきっかけで、起業されたということですね。
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福富が言うには、自分で発明したものを自分で普及させようとするとどうしてもうさんくさくなる、というわけです。
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なるほど、福富さんはいわば家元だ。
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ええ、一緒になって普及させてくれる人を探していたそうです。それでまず個人として識学を受講し、これならと思って株式会社識学を設立しました。
※この対談は2023年6月28日に弊社「GINZA XI」ラウンジ(東京・銀座)にて行われました。
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