賢人たちを賢人たらしめている行動や考え方は。そして、大切にしている習慣は──。
インタビューを通じて、そんな共通点を探っていきます
幸せな人生への望みが起業の原点
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高校卒業と同時に起業を目指してラーメン屋に入られたそうですね。どんなビジョンをおもちだったんですか。
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中学生の頃から起業を夢見ていました。飲食店なら独立しやすいだろうと考えたんです。
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ずいぶん早くから。
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父親が会社人間、母親が小学校教師という家庭に育ち、「勉強しなさい、勉強しなさい」と言われて育ちました。けれど深夜に帰ってきて早朝出かけていく父親の姿を見ていたら、勉強していい会社に入るのが正しいとは思えなくなった。両親に向かって「あなたたちが幸せには見えない」と言ったこともあります。
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イヤなことを言う中学生でしたね(笑)。
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本当に(笑)。我が家より、夕方には仕事を終えて缶ビール片手に焼き鳥を頬張る父親のいる生活のほうが幸せに思えました。そんな私に対して両親は「じゃあ勝手にしなさい」と。そこで高校卒業と同時にラーメン屋に就職して、起業の道を目指したんです。
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家系のラーメン屋ですか。
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ええ、私が好きで常連客として通っていた店でした。店長が「高校卒業したらどうするの」と聞くから、ここで働かせて欲しいと言ったら「ああいいよ、おいでよ」と言ってくれて内定獲得。
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迷いはなかったんですね。どんな構想をもっていたんですか。
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漠然とですが、10年間で1000万円貯めたら独立しようと考えていました。毎年100万円貯めればいいだろうと。その後、公庫からお金を借りられることを知って、6年で600万円貯まったところで独立しました。25歳でした。
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じゃあ本当に1年で100万円ずつ貯めたんだ。
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夜中のシフトで働いていたのでお金を使う暇がなかったし、実家暮らしでしたからね。そんなに無理なことではありませんでした。
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その家系のラーメン屋の修行では、どんなことを学びましたか。
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最初の仕事がトイレ掃除だったんです。しかも「とことんきれいにしろ」と言われた。ラーメン屋の修行に来たのにどうしてトイレ掃除なんてと思いました。ところが数日続けたらトイレ掃除が楽しくなってきたんです。人のいやがる仕事をピカピカな仕事と感じられるようになることが、飲食人にとって大事なんだと気づきました。
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いいお店だったんですね。
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ええ。当時は家系ラーメンと言えば怒号が飛び交うような店もありました。そんな中でその店は、店員が楽しそうに輝いていました。そういう文化の店だったんです。繁盛店だからといってお客に食べさせてやってると勘違いしてはいけない、お客が足を運んでくれるのは当たり前のことじゃないんだと、先輩に教えられました。
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