ウクライナからの穀物輸出再開の立役者となったトルコ
2022年7月22日、長らく停滞していたウクライナからの穀物輸出再開に向けた合意文書にロシアとウクライナが署名。世界規模の食糧危機回避に向けて、大きな一歩が踏み出されることとなりました。
今回、ウクライナとロシアを取り持つ大きな役割を果たしたのがトルコ。署名式の舞台にもなったイスタンブールには、貨物船の安全をウクライナ・ロシア・トルコ・国連の4者で監視する合同調整センターが設置される運びとなりました。またロシア側が警戒するウクライナへの武器輸入を防ぐため、黒海を通過する船舶には今後、積み荷の検査が行われることになっています。
今回の合意は、深刻化しつつある世界の食糧不足を打破する大きな一歩につながるため、仲介役を果たしたトルコの貢献を評価する声が世界的にも高まっています。しかし、存在感を強めるトルコに警戒を示す国もあります。そのような国の代表格がアメリカです。
北欧2カ国のNATO加盟可否を外交カードに利用
アメリカがトルコを警戒する大きな理由に、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟に際するトルコの姿勢が挙げられます。
ウクライナ侵攻を皮切りに依然、強行な姿勢を国際社会に示し続けるロシアですが、そのロシアと地理的にも非常に近い位置にあるスウェーデンとフィンランドは2022年5月、NATO加盟の申請書を提出。その際にNATO加盟国の一国でもあるトルコが、この北欧2カ国の加盟に反対の意思を示しました。
NATOには全会一致の原則があるため、意思決定には加盟国すべての同意が必要となります。トルコはこの原則を逆手にとり、自国の政治的要求を通そうとする思惑がその背景にあったと見られています。その要求とは、北欧2カ国に亡命しているクルド労働者党(PKK)メンバーの引き渡しです。
トルコは、分離独立と自治権獲得を目指して武力闘争(トルコ・クルド紛争)を起こしたクルド人に強硬な態度を取っており、PKKをテロリスト団体に認定しています。一方、人権意識が高く、少数民族への弾圧等に反対の意思を示す北欧2カ国は、PKKからの亡命メンバーを受け入れ、トルコからの引き渡し要求を断固拒否していた背景がありました。
そうしたなかで、北欧2カ国の今後の国防を左右する重要なNATO加盟の可否をトルコが握る状況が訪れたわけで、トルコはこれを千載一遇の機会とばかりに外交上のカードに利用した形です。
こうしたトルコの動きに対して、北欧2カ国は「“テロ容疑者の保留中の強制送還または引き渡し要求”に迅速かつ徹底的に対処する」との回答を行いましたが、トルコ側は「70人以上の身柄引き渡しを期待する」と牽制。さらにトルコのエルドアン首相は、要求が満たされない場合、NATO加盟を「凍結」できると警告を発しました。
アメリカにも最新鋭兵器の提供を要求するトルコ
さらに、トルコの要求の矛先はアメリカにも向かっています。
エルドアン首相は、アメリカに対して最新鋭の兵器の提供を要求。トルコは以前、ロシアから地対空ミサイルシステムを購入したために、当時政権を担っていたトランプ元大統領の不興を買い、成約間近だった戦闘機の販売をキャンセルされた過去があります。
国際社会の混乱に乗じ、過去に買い損ねた兵器を再び手に入れようとするトルコの態度に米国議会は警戒感を上昇。下院は年次軍事政策法案の修正案を承認し、バイデン大統領に対し2つの要求を行いました。1つ目が戦闘機を売却する場合、アメリカの国益にかなうことを証明すること。2つ目が、トルコが戦闘機を用いて隣国のギリシャ領空を侵犯しないと証明させることです。
ギリシャもまたNATO加盟国であり、現在、トルコと激しい領土紛争を繰り広げています。アメリカの兵器販売によって、NATO加盟国同士の対立を深めることにつながっては本末転倒なため、慎重な判断が必要な局面だと言えるでしょう。
一連のトルコの行動には国内の問題から目線をそらす狙いも?
こうしたトルコの一連の行動は、エルドアン首相の政治上の失策から注意をそらすためではないか、と分析する米国高官もいるようです。
トルコは2022年6月にインフレ率が80%近くにまで達するなど、壊滅的な物価高に見舞われています。当然、政権を掌握するエルドアン首相の責任が問われる局面ですが、よりセンセーショナルな話題をつくることで国内の批判をかわそうとしている……とも考えられるわけです。
さまざまな疑念はありつつも、アメリカとしてはエルドアン首相に思い切った強硬策を取りきれない事情もあります。地理的に東西の“交差点”に位置するトルコは、アメリカの国際戦略的にも重要な国。とりわけウクライナからの穀物輸出を実現するためには、黒海を経由する非武装ルートの確保は不可欠で、そのために現状ではトルコの協力が必要不可欠となっています。
トルコの要求をどこまで受け入れ、その見返りにどこまでの協力姿勢を引き出すのか。バイデン政権の外交力・交渉力が試される局面が訪れているのかもしれません。
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