1.「より高い関税を回避するための妥協」により、貿易戦争を回避
EUが2026年5月、米国との貿易協定を正式実装する方向で合意したことが報じられました。今回実装されるのは、2025年夏にトランプ政権とEUが政治合意していた「米EU枠組み合意」で、いわゆるトランプ関税構想を受けて協議されたものです。米国側が示唆した自動車や鉄鋼、医薬品などを対象に追加関税に対し、EU側も報復関税を準備。一時は本格的な米欧貿易戦争への懸念が高まっていました。
その後、2025年7月にトランプ大統領とフォンデアライエン欧州委員長が政治合意に到達。EU側は米国工業製品への関税撤廃や一部農産物への優遇措置を進める一方、米国側はEU製品に原則15%の関税上限を維持する形となりました。つまり、一般的な自由貿易協定というより、「より高い関税を回避するための妥協」に近い内容です。米国はその後、大統領令や連邦官報を通じて、自動車・部品、航空機、医薬品原料などへの関税修正を段階的に実施してきました。
2. 合意を覆されることへの警戒心が顕な異例の協定
しかし今回の合意で最も異質なのは、協定内容そのものより、“安全装置”の多さです。EU理事会と欧州議会がまとめた最終案には、輸入急増時のセーフガード、米国が約束を履行しない場合の停止条項、定期監視、さらには2029年末で失効するサンセット条項まで盛り込まれました。通常のFTAではあまり見られない構造です。
背景にあるのは、EU側の「米国への制度的不信」です。2026年には、米最高裁がトランプ関税の法的根拠の一部に疑義を示したほか、トランプ氏自身もEUに対して関税引き上げを再び示唆していました。つまりEU側から見れば、「合意しても、米国が将来再び覆す可能性がある」という疑念が消えていないのです。
さらに欧州内部でも、この合意への温度差は大きかったようです。ドイツ産業界は関税エスカレーション回避を歓迎する一方、「不確実性がなお強い」と警戒。欧州議会側も、「条件付きでしか市場開放を認められない」として、強い停止条項や監視機能を要求しました。ロイターによれば、議会側は当初、さらに強いサンライズ条項(特定の条件を満たすまで無効の条項)まで求めていたとされます。
今回の協定は、かつての「自由貿易を前提とした同盟国関係」とはかなり異なります。むしろ、合意はするが完全には信用せず、いつでも停止できるよう備えるという、“管理型の貿易関係”へ米欧関係が変質し始めていることを示しているようにも見えます。
この変化を主導しているのが、かつて自由貿易秩序の中心だった米国自身であることを皮肉に感じずにはいられません。
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