石川鋳造株式会社代表取締役社長 石川鋼逸氏
1kgを超える重量、10,000円を軽く超える価格ながら、ピーク時には8秒に1枚という驚異的な売れ行きを誇ったフライパンがある。「おもいのフライパン」。開発から製造、販売まで自社で手がけ、大きな業績向上を実現したのは、愛知県碧南市の鋳物メーカー、石川鋳造株式会社だ。創業からおよそ80年。元高校球児の四代目が仕掛けた起死回生の戦術とは。
激しく火花を散らしながら金属が真っ赤に溶けていく。それを型に流し込んで冷やし固めることで、さまざまな形の〝鋳物〟を生み出す。石川鋳造株式会社は、調理器具や自動車部品から巨大な水道管、工業用加工機器、さらにはロボットアームまで、多種多様な製品を手がける鋳物メーカーだ。
「溶かして流し込むだけのシンプルな工程ですが、複雑な形状になればなるほど高精度な技術が求められます」
そう語るのは四代目社長の石川鋼逸だ。石川鋳造の歴史は1938(昭和13)年に遡る。精米業や運送業を生業としていた鋼逸の曽祖父が、「これからの日本はものづくりの大国になるだろう」と鋳造業に身を転じ、戦後間もなく法人化を果たしている。当初は織物機、戦後は工作機器の部品を手がけ、昭和40年代に入ると水道管をメインにと、常にその時代の日本が切実に必要とするものを製造し続けてきた。
「特にアルミ溶解用の『鋳鉄ルツボ』や、溶解した金属を移すための柄杓状の『ラドル』は自動車部品の製造に不可欠で、高度経済成長とともに需要が拡大し、ピーク時は売り上げの4割ほどがルツボとラドルでした」


電気炉でアルミなどの金属を溶かし、その「溶湯」を取り出して鋳型に流し込む。溶湯の温度は約1500度もの高温に達する。

自動車部品などの原材料となるアルミを溶解するための「鋳鉄ルツボ」。わざと錆びさせることで強度を高めるという。
リーマンショックから生まれた自社製品開発の夢
鋼逸自身は、「30歳までは好きなことをやっていい」という父の言葉を受け、大学卒業後高校教員の職に就き、約束通り30代を迎えると同時に石川鋳造に入社する。
「面白いことに曽祖父も祖父も20年で社長交代しているんです。だから父も、まだまだ現役バリバリの時に『もう20年経ったから辞める』と(笑)、早々に社長業を私に引き継ぎました」
それが2004(平成16)年、鋼逸が32歳の時のことだった。古参の社員たちとの関係に苦慮しながら若い四代目として必死に努力を続けていた矢先、予想もしなかった嵐が鋼逸に襲いかかる。リーマンショックだ。
「鋳造業も大きなダメージを受け、うちも赤字に陥りました。父はバブル景気に乗って20年間売り上げを伸ばし、赤字を1回も出していなかったんです。ところが僕が社長になると数年も経たず赤字を出したので、『何をしてるんだ』ってすごく怒られました。そりゃないよって感じですけど(笑)。でも、だったら時代の流れに左右されることなく、自分たちの強みを活かしながら、世の中にないもの、世の中に喜んでいただける自社製品を作り、直接お客様にお届けしようと腹をくくりました。それで若手と開発チームを組んで試行錯誤し、何とか生み出したのが『おもいのフライパン』です」

石川鋼逸・いしかわこういつ
1972年愛知県生まれ。1995年、中京大学卒業後に高校教員となり、母校・碧南高校野球部の監督に就任。2002年、30歳で石川鋳造株式会社に入社。2004年に父から会社を引き継ぎ、4代目社長に就任する。
地球にも人にも優しい無塗装フライパンへの挑戦
主に工業用製品を作り続けてきた鋳造メーカーがフライパンとは少し意外だが、鋳物の特長は蓄熱性と熱伝導性の良さにあり、焼肉店の鉄板などにも多く使用されている。より多くの人に喜んでもらえる自社製品を開発するのであれば、鋳物の特性を活かせる調理器具の中でも特に日常的に使用されるフライパンが最適なのでは、と鋼逸は考えたのだ。
「フライパンで焼く料理といえば、やっぱりお肉ですよね。子どもの頃、父に連れられて焼肉店に行ったりすると、『どうして家で焼くお肉よりずっとおいしいんだろう』と不思議に思いました。それでよく観察すると、家のホットプレートよりもっと分厚い鉄板で焼くからおいしくなるんだと気づいたんです。そんな経験から、開発コンセプトを『お肉がおいしく焼けるフライパン』に定めました」
やるとなったらとことん追求するのが鋼逸の持ち味。まずは一般の人がどのようなフライパンを購入しているのか調べようと、東急ハンズなどの販売店で1日中フライパン売り場を観察したという。
「フライパンって研究すればするほど面白いんです。世の中に出回っているフライパンの95%ぐらいは形もデザインも大体同じで、使い勝手もそれほど変わりません。だからみんな何を買えばいいか分からない。売り場でずっと見ていると、多くの人はフライパンを手に取ると、まず振るんですよ。たぶん重さを確認するんですね。次に、必ず値札を見る。だけど、ほとんどのフライパンって持っても同じ、値段も大体同じなので、みんな困るんです」
さらに情報を集めると、フライパンを使ううえで多くの人が気にする点がコーティングにあることが分かってきた。一般的なフライパンは焦げ付きを防ぐために表面を塗装してコーティングし、使いやすいよう仕上げてある。しかし、使うほどにそのコーティングが剥がれ、焦げ付くようになってくるため、仕方なく新しいものに買い換える。ところが、新しいものを買ってもまた同じように剥がれて使えなくなり、また買い換える……。つまり、多くの家庭ではフライパンが繰り返し使い捨てられているのだ。
「それじゃあゴミが増えるばかりで地球環境には少しも優しくありませんよね。一方で、塗装剤やコーティング材が人体に与える影響を危惧する人も少なくありません。でも、そもそも塗装やコーティングをしなければ世の中の人の不安や環境の問題は解消できるはずです」
人の体に入る料理を作るための調理器具は絶対安全でなければならない。だったら自分たちは、無塗装で、しかも丈夫で長く使い続けられる鋳物のフライパンを作ろう。鋼逸が理想とするフライパンのコンセプトは、日を追うごとに明確になっていった。

日本のインフラに欠かせない水道管も鋳物が主流。石川鋳造の鋳物は肌のなめらかさ、美しさが際立ち、堅牢さも随一と絶大な信頼を置かれている。
「石川さんの鋳物は肌がきれいだね」。いつも顧客からそう言われる石川鋳造の鋳造技術があれば、無塗装でも表面を滑らかに仕上げられる自信が鋼逸にはあった。使い続けることで油膜が厚くなって自然にコーティングされていくため、焦げ付きやサビも防げる。しかし、もう一つ、大きな問題があった。重さだ。どんなに努力しても、鋳物で厚さ1.5ミリを下回る鉄板を作ることは技術的にほぼ不可能。アルミのフライパンであれば直径20センチで大体300グラムから400グラムぐらいの重量になるところ、厚さ1.5ミリの鋳物だと約700グラム、アルミの2倍にもなってしまうのだ。
「当初はいかに軽く薄くするかということに必死で挑戦しました。でも、薄くすればするほど、鋳物の特長である熱伝導の良さ・蓄熱温度の高さが損なわれ、肉の中まで熱が伝わる前に表面だけが焦げてしまっておいしい焼き上がりになりません。分厚く重い鉄板だからこそ、肉がおいしく焼き上がるんですよ。だったら思い切って鉄板を厚くし、重さというウィークポイントを強みにしようと決心しました」
唯一無二の「お肉がおいしく焼けるフライパン」を実現するために、鋳物の重さを弱点ではなく大きな強みととらえ、あえて厚く重いフライパンを生み出す。自社の鋳物に絶対の自信を持つ鋼逸でなければできない決断だ。しかも量産が難しく、価格も一般的なフライパンよりかなり高額となる。だが鋼逸は、「『重たい』『高い』という人はお客様としてのターゲットから外す」とまで大胆に割り切ったのだ。


回ってくる型に次々と溶湯が流し込まれていく「おもいのフライパン」の製造ライン。全てが職人の手仕事のため量産は難しく、納品まで1年以上を要することも少なくない。
「私たちが使っていただきたいのは、食材をより際立たせておいしく食べたいという方、コーティングなどの懸念を省き安心安全に食事をとりたいという方、または地球環境への配慮がある方。もしかしたらフライパンを買う人の100人に1人かもしれないけれど、その“100人に1人”にターゲットを絞ったんです」
鋼逸はこともなげにそう語る。しかし、100人のうちの1人に売れても、それでは商売にならないのではないか。ついそう思ってしまうが、そこにも鋼逸なりの計算があった。
「フライパンの開発に着手したのは今から20年ほど前ですが、当時調べたところ、日本の総世帯数は約5,500万というデータがありました。1世帯に1枚フライパンがあると考えると、日本には最低でも5,500万枚のフライパンがあることになります。100人に1人をお客様にできるなら、5,500万の1%、つまり55万枚売り上げることができるということじゃないですか。うちのような中小企業にとって1枚1万円を超えるフライパンが55万枚売れたら、十分な成功となります」
まさに逆転の発想から生まれる戦術だ。じつは、こうした思考の裏には、高校教員を務めていた頃の鋼逸の経験が生かされている。小学校の頃から野球に打ち込み、高校時代も甲子園を目指して練習に明け暮れていた鋼逸は、高校野球の指導者となるべく大学で教員免許を取得。父との約束の30歳まで母校の野球部の監督として指導にあたっていた。
「母校を甲子園に連れていくのが目標でしたが、当初は弱小チームで、普通に練習をしていたら強豪校にはとても歯が立ちません。普通にやっても勝てないから、いかに組織力で勝つか、いかに戦術で勝つかということをひたすら考えていました。仕事も同じ、フライパンも同じです。強みだけではなく、弱い部分をいかに生かして、他では作れないものを作るか。それを考え続けて、無塗装でおいしさと安全・安心の両方を叶える鋳物のフライパンが生まれました」


石川鋳造の技術のすべてを注ぎ込んで生み出した「おもいのフライパン」。現在ではマルチパンや焼き上がりにいっそうこだわった「頂-ITADAKI-シリーズ」、深鍋と卓上コンロのセットなどバリエーションも広がっている。
重いフライパンに込めた“鋳物はいいもの”の思い
こうして開発に取り組んで約10年。熱くならず持ちやすい取っ手の形状など1,000回を超える試作の末、2017(平成29)年12月、ついに石川鋳造オリジナルの鋳物フライパンが発売となった。商品名「おもいのフライパン」には、フライパンを造る職人たちの「思い」と、実際に料理を作る人の「想い」、そしてフライパンの重さの「重い」という3つの意味を込めたと鋼逸は言う。
当初の販売ルートは自社サイトのみ。開発の様子を随時SNSで発信していたことが功を奏し、発表とともに200枚を超える注文が入ったが、当初は1日10枚のフライパンを作るのがやっとだったため、注文が増えるにつれ製造が追いつかなくなり、納品が2ヶ月待ちに。噂を聞きつけた新聞社が取材にやってくると、その記事がインターネットのニュースサイトで取り上げられ、さらに全国ネットのテレビ番組まで取材に訪れるという予想外の反響を呼び、一時は「8秒に1枚」という驚異的なスピードで注文が殺到するようになる。
「インターネットのニュースになったらその日だけで3,000枚の注文が入り、テレビで有名なタレントさんが取材に来てくださったら、今度は1日で15,000枚という信じられない数の注文が殺到したんですよ。なんの広告もせず、ただ自分のSNSで『今日はこのフライパンでお肉を焼いています』『今日はキャンプ飯を作ってみました』なんて地味に発信していただけだったのに(笑)、そこからこんなことになるなんて本当にメディアの力はすごいと思いました」
ピーク時には納品が3年待ちという事態に急きょ製造ラインを拡大して対応し、なんとか1年半で商品を納めることができたと笑う石川。共に開発に挑んできた社員たちにとっても大きな自信となり、サイズのバリエーションを増やしたり、焼き面を厚くし不均一な刻み目を加えることでお肉をおいしく焼くことをさらに追求した「頂-ITADAKI-シリーズ」を誕生させたりと、「おもいのフライパン」ブランドの充実にいっそう力を注いでいる。
また、「本当の食の楽しさをもっと多くの人に味わってもらいたい」という気持ちから、2020(令和2)年、毎月1回厳選したプレミアムな牛肉をはじめとする美味しいお肉が届き、「おもいのフライパン」も無償でレンタルできる「お肉のサブスク(定期便)」を開始。2022(令和4)年には「ワインのサブスク定期便」の販売も開始し、さらに2023(令和5)年には自社工場の敷地内に体感基地と名付けた施設「おもいのフライパンBASE」もオープンさせた。工場見学や試食などを通じ、石川鋳造のものづくりや鋳物の良さ、碧南エリアの魅力などを体感してもらうためのスペースだ。「実際にうちのものづくりを見て、おいしく焼けたお肉を食べてもらえば、このフライパンの価値がよく分かっていただけますからね」と、鋼逸は目を輝かせる。


工場敷地内には新たな施設「おもいのフライパンBASE」が。ものづくりの「おもい」、安全・安心でおいしい料理を食べてもらいたいという「おもい」、鋳物の良さ、碧南の良さを知ってもらいたいという「おもい」など、自分たちの「おもい」をより多くの人に体感してもらうため、2023年にオープンさせた。
鋳物の「鋳」の文字は金偏に寿と書く。その「寿(壽)」の文字には“長く連なる”という意味もあるのだという。すでに累計7万枚のフライパンを売り上げた石川鋳造は、碧南の地でこれからも新たな挑戦を重ね、長く続く道のりを歩み続けていくはずだ。しかし、「鋳物業界の未来は決して安心できるものではない」と鋼逸は厳しい表情を見せる。
「昔と違い、鋳物の良さを知る人も少なくなりました。かつて碧南エリアには100社を超える鋳物メーカーが存在していましたが、今やその数は20社程度。あと10年もするともしかしたらその半分も残っていないかもしれません。それでも、鋳物は世の中に絶対なくてはならないもの。これからもその火を消すことなく、“鋳物はいいもの”と、多くの皆さんに伝え続けたいと思っています」 重い鋳物に熱い思いを込め、石川鋳造は今日も真っ赤な鉄をたぎらせ続けている。
※この記事は、掲載日時点の情報を基に作成しています。最新状況につきましては、スタッフまでお問い合わせください。
アメリカ不動産投資の秘訣
成功への道筋
オープンハウスの投資メソッドを
無料ダウンロード
アメリカ不動産投資の秘訣
成功への道筋
オープンハウスの投資メソッドを無料ダウンロード
この資料では、以下の内容をご紹介しています。
以下の内容をご紹介しています。
- アメリカ不動産投資が「今」注目される4つの理由
- スケールが違うアメリカ投資市場の基礎知識
- 日本とは全く異なる不動産の市場環境と投資効果
- 投資エリア選びの重要さと注目の成長エリア
さらに知りたい方は簡単1分
資料をダウンロードする

