【この記事のポイント(Insights)】
- 米国住宅市場を縛っていたモーゲージロックイン効果が、2026年に入り徐々に後退し始めている。
- 金利の新常態化と生活ニーズの変化により、買い替えを決断する売り手が増えつつある。
- 市場の流動性が回復し始めたことで、投資家にとっては選択肢が広がる局面を迎えている。
2023年頃から、米国の住宅市場は奇妙な状態が続いていました。価格は高止まりなのに、売り物件が極端に少ない。買い手も多くはないが、それ以上に「売り手が動かない」──そんな“詰まった”感覚のマーケットです。その背景にあったのが、「モーゲージロックイン効果(mortgage lock-in effect)」という、金融と心理の複合的な現象でした。
そして2026年、このロックインがついに少しずつ崩れ始めています。市場に何が起きていたのか、なぜ今その構造が変わりつつあるのか、そしてこの変化が投資家にとって何を意味するのか。米国不動産を読み解くためのキーワードを、じっくり解説します。
売りたくても売れない──金利が生んだ“静かな拘束力”
ここ数年の米国住宅市場の供給不足の主な原因の1つが、住宅ローン金利差による買い替え控えです。アメリカでは、住宅を購入する際に30年固定の住宅ローンを利用し、完済前に新しい家に買い替えて新規ローンを組み直すのが一般的です。しかし、パンデミックが生んだ極端な金利差がこの動きを止めてしまいました。
パンデミック期(2020〜2021年)、金利が歴史的な低水準になったことで、多くの家庭が年利2〜3%台でローンを組みました。しかし2022年以降、インフレ対策としてFRBが利上げを進めたことで、住宅ローン金利も急上昇。2023年後半には一時8%近くに達し、家を買い替えようとする人にとっては「今のローンを捨てて、高金利のローンを背負い直す」という厳しい選択を迫られるようになったのです。
たとえば、同じ50万ドルの家でも、金利が3%から7%に変わるだけで、月々の支払いは数百ドル〜千ドル以上跳ね上がります。結果、「今の家を売って新しい家に移る」ことのコストが高すぎて、誰もが動けなくなった。この金融条件が売り手の行動を拘束する現象は、「モーゲージロックイン効果」と呼ばれます。
米連邦住宅金融抵当公庫(Freddie Mac)による、ロックイン効果のインパクトの定量分析によれば、2023年10月時点で、既存の低金利ローンを維持することによって得られる“金融的利益”(言い換えれば、売却で失う損失額)は平均6万5000ドル以上にも上りました。これは多くの住宅所有者にとって「絶対に手放したくない利得」であり、たとえ住み替えニーズがあっても踏み出せない強力なブレーキとなりました。
実際、Redfinの調査では2022年〜2023年にかけて、住宅ローン保有者の90%超が金利6%未満の契約を維持。これにより、2023年の既存住宅販売件数は約15年ぶりの低水準(約400万戸台)まで落ち込みました。売り手が出てこない。結果として買い手も選択肢がなく、価格は下がらない──。市場は凍りついたまま、じわじわと消耗戦のような時間が続いたのです。
ロックインが緩み始めた3つの理由
しかし、硬直状態は永遠には続きません。金利の状況と、人々の生活ステージの変化は必ずしも一致しないからです。実際、2024年の後半頃から、少しずつ買い替えを決断する人が戻り始めました。そして現在、2025年末〜2026年にかけ、ロックイン効果が和らぎ始めていると、多くの不動産アナリストが指摘しています。その主な要因は以下の3点です。
① 「待てない」ライフイベントが優先されるように
転職や転勤、子どもの成長、家族構成の変化、退職、親の介護…。そうした生活ステージの変化により、住居に求める要件も変化します。いくら金利が高くても、住み替えざるを得ない事情は時間とともに増えていきます。
NAR(全米不動産業者協会)のローレンス・ユン氏も、「人々はもはや2%台のローンが戻ってくるとは期待しておらず、人生の次章を選び始めている」と述べています。
② 金利の“ピーク感”と心理的慣れ
2023年に一時8%近くまで上昇したローン金利は、2024年末以降は6%台半ばで安定しつつあります。市場ではこれを「新たな常態(new normal)」として受け入れる空気が広がり始めました。パンデミック中の金利は緊急事態下の例外的な数字であったことを人々は理解しているからです。
Zillowは「売り手たちは“このまま待っても仕方ない”と考え始めている」と分析し、実際に新規売り出し物件数が前年比+20%増(2024年秋)というデータも出ています。
③ 金利ギャップの圧縮とローン構成の変化
Freddie Macの最新分析では、ロックイン効果による金利メリット(損失回避額)は2023年比で約30%縮小しています。
また、時間が経過したことで住宅ローンの構成も変わってきました。2022年には大半が「3%台」だったのに対し、2025年時点では「5〜6%台のローンを保有する層」の割合が増加中。この層は「今のローンもそんなに安くない」ため、現在の金利下で買い替えを控える理由が薄いのです。
市場に戻り始めた流動性──投資家の判断軸はどう動く?
RedfinやZillow、NARなど主要な不動産プラットフォームのレポートでは、2025〜2026年にかけて既存住宅の販売件数が緩やかに増加に転じると予測されています。NARは2025年で+7〜12%増、2026年はさらに+10〜15%増を想定しています。
ただしこれは「バブル再来」ではありません。住宅ローン金利は依然6%台ですし、在庫不足も解消されたわけではないため、価格は緩やかな上昇か横ばいという見方が大勢です。つまり、市場で起きているのは“過熱”ではなく、“再起動”。取引が動き始め、在庫が戻り、価格交渉の余地も生まれる。ようやく住宅市場の正常化がはじまった、という段階なのです。
不動産投資家にとってこれは、物件購入の選択肢が増えることを意味します。2022〜2023年は、物件が市場に出てこないために、限られた選択肢のなかで買う買わないを判断するしかない状態が続いていました。流動性が戻ってくれば、エリア・条件・利回りを比較検討できる余地が増えています。投資判断において「選べる」ことは「安く買える」以上の価値を持つ局面もあります。
とはいえ、市場の戻り方には地域差があります。新築供給が多い南部や西部(テキサス、フロリダ、アリゾナなど)では在庫が回復傾向にある一方、北東部や中西部の都市圏では依然在庫が少なく、価格も高止まりしています。地域分析をおろそかにすると、投資効率に差が出る状況です。
「モーゲージロックイン効果」が、数字で測りづらい“心理と制度の壁”となり、住宅供給を妨げていました。しかしその壁にも、ようやくひびが入り始めています。2026年、米国の住宅市場には少しずつ流動性が戻ってきています。重要なのは、これが金利の上げ下げに左右されにくい傾向であることです。これから数年、金利が大きく下がるかは分かりませんが、人々は利下げを期待して耐え忍ぶことはもはや得策ではないと気付いたのです。
米国不動産市場は、ようやく次のフェーズへ進み始めました。この静かな変化を見逃さず、データと構造を読み解くことが、次の好機を掴む鍵になるかもしれません。
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