【この記事のポイント】
- 2026年7月は非農業部門雇用者数が前月比2.3万人減と推計された一方、失業率は4.1%へ低下した
- 2つの数字は異なる調査から算出され、失業率低下には労働力人口の縮小が影響している
- 米労働市場は改善したのではなく、採用も解雇も少ない「低採用・低解雇」の状態にある
雇用が減ったら、失業率はどう変化するでしょうか? 自然に考えると、失業率が上昇しそうなものですが、現在の米国では逆の現象が発生しています。
2026年7月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数が前月比2.3万人減と推計される一方、失業率は4.2%から4.1%へ低下しました。一見すると矛盾するこの結果は、どのようにして生じたのでしょうか。背景には、米雇用統計を構成する2つの調査の違いと、働く人だけでなく、仕事を探す人も減っている米労働市場の変化があります。本記事では、「ねじれ」の仕組みをひもときながら、数字の裏側にある雇用の実態を探ります。
雇用者数は減ったのに、失業率は低下
米労働統計局(BLS)が2026年8月7日に発表した7月の雇用統計は、米労働市場の弱さをあらためて印象づける内容でした。非農業部門雇用者数は前月比2.3万人減と推計され、市場予想の8万人増を大きく下回りました。それにもかかわらず、失業率は前月の4.2%から4.1%へ低下しています。
さらに注意したいのは、過去分の下方修正です。5月の雇用増加数は12.9万人から6.3万人へ、6月は5.7万人から2万人へ引き下げられました。2カ月合計の修正幅はマイナス10.3万人に達し、直近3カ月の雇用増加数は月平均2万人にとどまります。7月だけが突然悪化したというより、雇用の基調が従来考えられていた以上に弱かったことが明らかになったのです。
ただし、「米国では7月に正確に2.3万人分の雇用が失われた」とまではいえません。事業所調査による雇用者数の前月比には、90%信頼区間でおよそ±12.2万人の標本誤差があります。BLS自身も、7月の雇用者数について「ほぼ変化なし」と表現しています。より正確には、7月の推計値は2.3万人減であり、雇用の明確な増加を確認できないほど弱かった、と捉えるべきでしょう。
では、雇用者数が減った一方で、なぜ失業率は下がったのでしょうか。答えを理解するには、2つの数字が別々の調査から算出されていることを知る必要があります。
「雇用者数」と「失業率」は別々の調査から算出される
ニュースで毎月報じられる「非農業部門雇用者数」は、企業や政府機関を対象とする事業所調査から算出されます。約11.9万の企業・政府機関、約62.2万の事業所の給与台帳を調べ、原則として給与が支払われる「仕事の数」を集計する統計です。複数の勤務先を持つ人は複数人分として数えられる一方、自営業者や農業従事者などは原則として含まれません。
これに対し、失業率のもとになるのは約6万世帯を対象とする家計調査です。こちらは仕事の数ではなく、「働いている人」「仕事を探している人」「労働市場に参加していない人」を生活者側から数えます。複数の仕事を持っていても1人として扱われ、自営業者も就業者に含まれます。
つまり、事業所調査は企業側から「仕事の数」を数える統計、家計調査は生活者側から「人の状態」を数える統計です。調査対象も定義も異なるため、非農業部門雇用者数のマイナス2.3万人と失業率4.1%を直接結びつけることはできません。
もう1つ重要なのが、失業者の定義です。米国では、仕事がない人すべてが失業者として数えられるわけではありません。仕事がなく、すぐに就業でき、原則として直近4週間に具体的な求職活動をした人が失業者です。無職でも仕事を探していなければ「非労働力人口」に分類され、失業率の計算から外れます。
失業率を押し下げたのは、労働力人口の縮小
今回の「ねじれ」を解くには、失業率と同じ家計調査の内部を見る必要があります。7月は就業者が前月から8.7万人減りましたが、失業者はそれを上回る17.8万人減少しました。就業者と失業者を合わせた労働力人口は26.4万人減り、非労働力人口は38.1万人増えています。労働参加率も61.5%から61.4%へ低下しました。
失業率は「失業者÷労働力人口」で算出されます。7月は分子の失業者が減った一方、分母となる労働力人口も縮小しました。その結果、就業者が減少したにもかかわらず、失業率は4.1%へ低下したのです。
したがって、今回の失業率低下を雇用環境の改善と読むことはできません。働く人が増えて失業率が下がったのではなく、「仕事を持つ人」と「仕事を探す人」がともに減ったためです。失業率は企業側の雇用需要だけでなく、働く意思を持って労働市場に参加する人の数、すなわち労働供給にも左右されます。
「26.4万人が仕事探しを諦めた」は正しくない
もっとも、労働力人口が26.4万人減ったからといって、「26.4万人が仕事探しを諦めた」と断定するのも正確ではありません。
7月時点で、非労働力人口のうち「現在仕事を希望している人」は592万人でした。6月の604.5万人からむしろ減っています。仕事を望みながら、適当な仕事がないと考えるなどの理由で求職活動をしていない「求職意欲喪失者」も47.6万人で、前月からほぼ変わりませんでした。大量の求職断念者が突然、失業率の計算から消えたという動きは、少なくとも7月の関連指標からは確認できません。
年齢別に見ても、働き盛りにあたる25~54歳の労働参加率は6月の83.3%から7月には83.4%へ小幅に回復しました。一方、16~24歳や55歳以上では労働力人口が減少しています。就学や引退、家庭事情など、労働市場から外れる理由はさまざまです。加えて、家計調査は事業所調査より標本が小さく、細かく区分した単月データほど振れが大きくなります。
全体の労働参加率が下がっている背景には、より長期的な要因もあります。セントルイス連銀の分析によると、2025年12月から2026年6月までに記録された参加率低下の43%は、2026年1月に導入された人口推計の改定によるものでした。新しい推計では、参加率の低い65歳以上の人口構成比が引き上げられています。また、同期間の低下の16%は継続的な高齢化で説明できるとされています。個々人の就業行動が変わらなくても、高齢者の割合が増えれば全体の参加率は下がるのです。
移民流入の鈍化が労働供給を抑えている可能性もあります。季節調整前の家計調査によると、7月の外国生まれの労働力人口は前年同月比55万人減の3151.6万人でした。ただし、「外国生まれ」は出生地による分類であり、最近の入国者や不法移民だけを示すものではありません。また、同じ期間に米国生まれの労働力人口も86.1万人減っています。したがって、この変化をトランプ政権の移民規制だけで説明することはできません。
今回、確実にいえるのは労働力人口が縮小したことです。その内訳には、求職断念だけでなく、引退、就学、家庭事情、人口構成の変化、移民流入の鈍化、統計上の変動などが重なっている可能性があります。
米労働市場は「低採用・低解雇」の弱い均衡へ
失業率だけで判断できないとすれば、現在の米労働市場をどう評価すべきでしょうか。最も近い表現は、企業が大規模な解雇には踏み切らない一方、新規採用にも慎重になる「低採用・低解雇」です。
弱さを示す材料は少なくありません。直近3カ月の雇用増加数は月平均2万人、過去12カ月でも月平均3.4万人に鈍化しました。平均時給は前年比3.2%増に鈍化し、16歳以上人口に占める就業者の割合である雇用人口比も1月から0.5ポイント低下しています。5月と6月の大幅な下方修正を踏まえると、採用力が低下しているという大きな方向性は、7月単月の統計誤差だけでは片づけられません。
一方で、労働市場が急激に崩壊していると判断するのも早計です。7月も民間部門に限れば雇用は3万人増えています。政府部門の5.3万人減の大半は地方政府の教育部門に集中し、同部門は7月に約5万人減ったものの、過去12カ月を通じて見れば雇用はほぼ横ばいです。今回の雇用減が幅広い業種に及んでいるわけではない点には、留意が必要でしょう。失業者に加えて就職を望む非労働力人口や不本意な短時間就業者などを含む広義失業率「U-6」は7.9%で前月から横ばい、平均労働時間も週34.3時間で変わっていません。
ほかの指標からも、解雇の急増は確認されていません。6月の求人・労働異動調査(JOLTS)では、採用者数は前月からほぼ横ばいの530万人、解雇・解職者数も横ばいの180万人でした。8月1日までの週の新規失業保険申請件数も19.9万件にとどまっています。採用の勢いは弱いものの、企業が一斉に人員削減へ動いている状態でもないことが、「低採用・低解雇」という評価の根拠です。
現在の米国では、すでに仕事を持っている人は直ちに職を失うわけではありません。しかし、転職したい人や新たに働き始めたい人にとっては、次の仕事を見つけにくくなっています。同時に、高齢化や移民流入の鈍化などで働き手の供給も伸びにくくなっている可能性があります。雇用需要と労働供給がともに弱まるため、雇用者数がほとんど増えなくても、失業率だけは低く保たれやすいのです。好調でも崩壊でもない、流動性を失った「弱い均衡」といえるでしょう。
失業率だけでは見えない、FRBと投資家への含意
7月の雇用統計を受け、市場では米連邦準備制度理事会(FRB)が9月に利上げするとの観測が後退しました。2年国債と10年国債の利回りは低下し、ドルも売られました。一方、S&P500は0.6%、ナスダック総合指数は1.3%上昇しています。雇用の弱さによって追加利上げの可能性が下がるとの期待が、短期的には株価を支えた形です。
ただし、雇用が弱いからといって、FRBがすぐに金融緩和へ転じられるとは限りません。インフレが高止まりすれば、景気を支えるために金利を下げることも、物価を抑えるために金利を上げることも難しくなります。雇用の鈍化と高インフレが併存する状態は、FRBにとって最も判断が難しい組み合わせです。
日本人投資家にとっても、影響は一方向ではありません。長期金利の低下が住宅ローン金利に波及すれば、不動産の資金調達環境には改善要因となります。雇用統計発表前の8月6日にフレディマックが公表した30年固定住宅ローン金利の週間平均は6.69%でした。国債利回りの低下が続けば住宅ローン金利にも低下余地が生まれますが、雇用や所得の鈍化が賃貸需要を弱めれば、その効果が相殺される可能性もあります。雇用統計発表後の住宅ローン金利の動向は、今後の公表値で確認する必要があります。
反対に、雇用と所得の鈍化が個人消費や賃貸需要に波及すれば、企業収益や不動産収益には逆風です。移民流入が多かった都市では、その鈍化が賃貸住宅の需要を弱める可能性があるとの見方もあります。ただし、今回の全国統計だけで都市別の影響を判断することはできません。各都市の産業構成、人口流入、住宅供給量などを個別に見ることが重要です。
失業率は米労働市場を測る重要な指標ですが、それだけで景気の強さを判断することはできません。今後は雇用者数の改定に加え、25~54歳の労働参加率、雇用人口比、求人数、採用数、自発的離職率、賃金上昇率などを合わせて確認する必要があります。
7月に起きた「ねじれ」は、統計の矛盾ではありません。企業がどれだけ仕事を用意しているかだけでなく、何人が働き、何人が仕事を探しているかによって失業率が決まることを示した結果です。低い失業率の内側で採用が細り、労働市場の動きが鈍くなっている――。その変化を捉えるには、失業率という1つの数字の外側に目を向ける必要があります。
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