賢人たちを賢人たらしめている行動や考え方は。そして、大切にしている習慣は──。 インタビューを通じて、そんな共通点を探っていきます
自分のために物語を書き続けた少年時代
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楠木先生がアカデミズムの世界に入られたのはどういう思いからですか?
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上司や部下がいなくて一人でできる仕事がしたかったんです。あと、チームワークというものが大嫌いで、もしチームを組まなきゃいけないとしても、メンバー全員が自分じゃなきゃイヤだっていうぐらい。そして、何よりも、顧客の評価だけで自分の価値が決まる、というのが大きいですね。
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なるほど、会社では上司が自分を評価しますからね。
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そうなんです。こういった条件を満たす仕事は何かっていうと、それは“芸者”なんですよ。芸者は自分の芸を磨いて、お座敷の声がかかれば歌って踊ってお金をいただく。私の仕事のコンセプトは「芸者」です。
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なるほど。でも、勉強は大変じゃないですか?
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いや、勉強は大好きで、人に教えるのも苦にならないんです。しかも「発表」が大好き。子供の頃なんて、誰も読まないのに、お話を考えて、本を創っていたんですから。
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アフリカで暮らしていらっしゃったんですよね?
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ええ、父の仕事の関係で小学校の4年生までヨハネスブルグで過ごしました。日本から送ってもらった本を何度も繰り返して読むんですが、さすがに飽きてしまって、そのうち自分でお話をつくるようになったんです。それを自分で読んじゃうという、シンガーソングライターならぬライターリーダー。
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なるほど。その頃から、自分で考えて書いて、ということをされていた。中学からは日本で?
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ええ、普通の公立の学校に通いました。大学は商学部だったんですが、そんなわけで会社員にはなりたいくないし、なるとしたら学者か、シンガーか、個人タクシーかと。
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個人タクシー! 飛躍しますねえ。
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学問的な領域としては、はじめはカルト集団を扱う異常社会学に興味があったんですが、この分野には需要がなく、食べていくのが難しいと早々に気づいて諦めました。結局、教授がたまたま経営学の先生だったから、そっちでいいかと。
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何でもよかった?
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だから学問的使命感はまったくなし!
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そもそも学者という職業は食べていけるんですか?
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いや、最初は無理ですよ。我が家の場合は妻が大黒柱で、無給時代の私を食べさせてくれましたから。私、柿ピーが大好きなんですけど、三つぐらいあるブランドの中でどの柿ピーが一番トクだろうと迷って、スーパーの棚の前にしゃがみ込んで1円当たりのグラム数を計算してたことがあるんです。そうしたら、会社帰りの妻に見つかって、上から見下ろされて「情けない男になったなあ」と言われてしまって。いつか値札を見ないで柿ピーが買えるようになってみせる、というのがその頃の野望でした。
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