【この記事のポイント(Insights)】
- 米国では30年以上前から、過剰な土地利用規制が手頃な住宅の供給を妨げると指摘されていた
- 連邦政府と州・自治体の権限分散、既存住民の強い発言力が全米規模の改革を難しくしてきた
- 2026年の新法は、「買えない」という需要側の問題に加え、「建てられない」という供給側の問題にも政策の重心を広げる
2026年7月、米国で約30年ぶりの規模となる包括的な住宅法が成立しました。しかし、規制によって手頃な住宅を建てにくくなっている問題は、最近判明したものではありません。連邦政府は1991年の時点で、現在と驚くほどよく似た警告を発していました。それでも、なぜ全米を対象にした包括的な対応に30年以上を要したのでしょうか。背景には、米国住宅市場を理解するうえで欠かせない、連邦・州・自治体の複雑な関係があります。
住宅を建てにくい問題は30年以上前から分かっていた
2026年7月11日、米国で「21st Century ROAD to Housing Act」が成立しました。住宅供給を増やす自治体へのインセンティブ、開発手続きの効率化、製造住宅や住宅金融制度の見直しなどを盛り込んだ包括法です。上院では85対5、下院では358対32という圧倒的な賛成多数で可決されました。
法案を共同でまとめた民主党のElizabeth Warren上院議員は、同法を「30年超で最大の住宅法」と位置づけています。もっとも、米国で住宅供給を妨げる制度が問題視されたのは、今回が初めてではありません。
ジョージ・H・W・ブッシュ政権下の1990年、米住宅都市開発省(HUD)は、手頃な住宅の建設を妨げる規制を検証するための諮問委員会を設置しました。同委員会は翌1991年、『Not In My Back Yard: Removing Barriers to Affordable Housing』と題した報告書を公表しています。
報告書が問題視したのは、集合住宅を排除するゾーニング、過大な最低敷地面積、長期化・複雑化した許認可、開発事業者に課される負担金、製造住宅に対する地域規制などです。不必要、重複的、あるいは過剰な規制が民間事業者による住宅供給を妨げ、住宅費を押し上げているとして、31項目の改革を提言しました。
この報告書が、現在と同じ規模の全国的な住宅不足を予見していたわけではありません。しかし米国は約35年前の時点で、過剰な規制が住宅供給を妨げ、住宅費を押し上げるという基本構造を把握していました。
1992年には、州・自治体による規制障壁の特定と撤廃を促す「Removal of Regulatory Barriers to Affordable Housing Act」も成立しました。その後も、州や自治体、歴代政権による改革が試みられています。それでも、全国の住宅供給構造を横断的に扱う包括的な対応には至りませんでした。
問題は診断がなかったことではなく、その診断結果を全米の土地利用制度へ反映させる有効な仕組みを作れなかったことです。
住宅不足は全国問題、建築許可は地方問題
改革が進まなかった最大の理由は、米国の住宅政策を動かす権限が1か所に集まっていないことです。
連邦政府は、住宅ローン保証、住宅金融、税制、家賃補助、低所得者向け住宅支援などを担っています。FHAによる住宅ローン保証や、Fannie Mae、Freddie Macを通じた住宅金融は、その代表例です。
一方、どの土地に、どのような建物を、どれだけの密度で建てられるかを定めるゾーニングや、個別の建築許可は主に市や郡が扱います。州政府が土地利用規制の権限を持ち、多くの場合、それを自治体へ委譲しているためです。
自治体が決める項目は、土地の用途だけではありません。建物の高さ、戸数、最低敷地面積、駐車場の設置義務、道路や隣地からの後退距離など、住宅事業の採算性を左右する細かな条件まで含まれます。住民公聴会や個別審査が、開発の可否を左右する地域もあります。
この権限分散により、全国的な住宅不足を解決したい政府と、目の前の住宅建設を認める政府が異なるという問題が生じます。
連邦政府が「住宅を増やす」と決めても、特定の自治体に集合住宅やADU(既存住宅と同じ敷地内に設ける小規模な独立住宅)の建設を認めさせる直接的な権限は限られています。自治体が住宅供給を抑えた影響は、住宅価格の上昇や住民・企業の流出として周辺地域にも波及しますが、自治体自身がその社会的コストをすべて負担するわけではありません。
住宅不足は全米の経済問題でありながら、住宅を建てるかどうかは個々の地域の政治問題として処理されてきたのです。
住宅不足に困る人ほど、意思決定に参加できない社会構造
州や自治体が自発的に規制を見直すこともできます。しかし、実際には新規建設への強い反対が起こります。
住宅供給が増えることで恩恵を受けるのは、将来の住宅購入者や賃借人、転入希望者、人材を確保したい企業、地域経済などです。その利益は広い範囲に分散し、実現までにも時間がかかります。
一方、新規建設に伴う工事、交通量、学校の混雑、景観の変化、上下水道などへの負荷は、近隣住民に集中的かつ即時に発生します。既存住宅の所有者にとっては、生活環境だけでなく、自宅の資産価値にも関係する問題です。
さらに、将来その地域へ移り住む人は、現在の地方選挙や住民公聴会には参加できません。対して、既存住民は地域に居住し、直接的な利害を持っているため、政治に参加する動機が強くなります。その結果、「住宅を増やしてほしい人」よりも、「この場所には建てないでほしい人」の意見が政策に反映されやすくなります。
この構造を単純に「住民の身勝手」と捉えるのは適切ではありません。ゾーニングや建築規制には、災害、公害、騒音、避難、インフラ容量、歴史的景観などを守る正当な役割もあります。地域住民が新規開発による負担を懸念すること自体には、合理的な理由があります。
改革が難しいのは、必要な保護と過剰な供給抑制の境界が明確ではないからです。
それでも、NBER(全米経済研究所)が公開する住宅規制の研究レビューでは、多くの先行研究が、厳しい土地利用規制と住宅価格の上昇、建設戸数の減少、供給弾力性の低下との関係を示していると整理されています。需要が増えても住宅を追加しにくい地域では、人口や所得の増加が住宅数ではなく、価格に反映されやすくなります。
もちろん、住宅費には土地価格、地理的制約、建築費、金利、需要の強さなども影響します。規制だけが住宅費高騰の原因ではありません。それでも、規制が需要に対する供給の反応を鈍らせ、価格上昇を増幅する可能性は無視できません。
住宅不足による不利益は広く薄く分散し、新規建設による変化は狭い範囲に集中する。この非対称性が、全国では住宅不足を問題視しながら、各地域では建設を止めるという矛盾を生んできました。
「建てる」より「買いやすくする」が実行しやすかった
地方の土地利用制度を変えるのが難しい一方、連邦政府には自らの権限で実施しやすい住宅政策がありました。住宅ローンや税制、補助金などを通じて、住宅を借りたり購入したりする力を高める需要支援です。
住宅ローン保証、住宅ローン利子控除、頭金支援、家賃補助などは、既存の金融・税制・補助制度を通じて実施できます。対象者と便益も比較的分かりやすく、地方自治体や既存住民と正面から対立するゾーニング改革より、政治的な成果を示しやすい面がありました。こうした実行のしやすさが、供給改革より需要支援を優先させた一因と考えられます。
もちろん、需要支援が不要ということではありません。特に所得の低い世帯の場合、住宅全体の供給が増えても市場家賃を負担できない可能性があります。家賃補助や低所得者向け住宅などの支援は、引き続き必要です。
ただし、供給が増えにくい市場で購買力だけを高めると、追加された需要の一部が住宅価格や地価の上昇に吸収される可能性があります。FRBのモデル研究も、住宅ローン補助には金利負担を軽減する効果がある一方、需要と住宅価格を押し上げる相殺効果が生じ得ると示しています。
「買いやすくする政策」が無意味なのではありません。建てられない市場では、需要支援だけで住宅問題を解決することが難しいのです。
さらに、2007〜2009年の金融危機は、住宅供給を担う産業そのものにも傷を残しました。住宅市場の崩壊に伴って建設業界が縮小し、多くの労働者が業界を離れました。住宅開発を支える融資環境も、金融危機前より厳しくなりました。
ハーバード大学住宅研究共同センターによると、2015年時点の建設産業の就業者は720万人で、2007年を約20%下回っていました。景気と住宅需要が回復しても、危機時に失われた人材や事業者は簡単には戻りませんでした。
フレディ・マックも2018年、約10年間にわたる低水準の建設によって、住宅ストックが需要に追いついていないと指摘しています。2017年に建設された住宅は、需要を満たすために必要な水準より37万戸少なかったとの推計です。
米国は「建てにくい制度」と「建てる力の低下」を同時に抱えることになりました。
なぜ2026年になって超党派合意が成立したのか
こうした問題が長く存在したにもかかわらず、なぜ2026年になって大規模な超党派合意が成立したのでしょうか。
大きな理由の1つとして考えられるのは、住宅費問題が一部の沿岸都市だけの問題ではなくなったことです。かつて住宅価格や家賃の高騰は、ニューヨーク、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど、土地利用規制が厳しい大都市の問題とみられがちでした。しかし、パンデミック以降は人口流入が続いたサンベルトでも住宅費が急上昇し、郊外や中小都市にも影響が広がりました。
フレディマックは、2024年第3四半期時点の米国の住宅不足を370万戸と推計しています。推計方法によって数値には大きな差がありますが、複数の調査が数百万戸規模の不足を示しています。
供給量の違いが家賃に与える影響も見え始めています。ハーバード大学住宅研究共同センターの2026年報告書が引用するRealPageのデータによると、2026年第1四半期には、専門事業者が管理する集合住宅の募集賃料が全米で前年同期比0.5%下落しました。大量の集合住宅が建設されたサンベルトで下落が目立った一方、供給制約の強いサンフランシスコでは9%、ホノルルでは7%上昇しています。
需要の減速も家賃下落に影響しているため、すべてを供給増の効果とは断定できません。それでも、建設が進んだ地域では家賃に下押し圧力がかかり、供給制約が残る地域では上昇が続くという違いは、供給政策の重要性を示しています。
住宅費問題が民主党支持の大都市だけでなく、共和党支持の郊外やサンベルトにも広がったことは、超党派合意を可能にした一因と考えられます。
加えて今回の法律は、共和党が重視する規制緩和、許認可の効率化、製造住宅、地域金融などと、民主党が重視する低所得者支援、公的住宅制度、住宅カウンセリング、大手機関投資家による戸建て購入の制限などを1つに束ねています。
政策担当者が突然、供給不足の存在に気づいたわけではありません。住宅費問題が地域や党派の境界を越え、両党が重視する施策を1つのパッケージにまとめられたことが、包括法成立の条件を整えたのです。
新法は「解答」ではなく、「問題」設定を広げる一歩
もっとも、全米規模の法律が成立したことと、全米で住宅が増えることは同じではありません。
今回の法律は、州や自治体のゾーニングを直接上書きするものではありません。住宅供給に取り組む自治体へ資金や制度上の支援を提供し、連邦政府が関与する審査や住宅金融制度を見直すことで、間接的に供給を促す性格が強い法律です。
自治体の政治的抵抗に加え、建築費、金利、土地、労働力、保険料、インフラ容量などの問題も残ります。制度上は建築可能な戸数が増えても、事業採算が合わなければ住宅は建ちません。一部の制度では、今後の予算措置も必要です。
法律の効果が着工数や完成戸数、家賃に表れるまでには、数年を要する可能性があります。今回の法律だけで数百万戸規模の不足が解消し、全米の住宅価格が下がると期待するのは早計でしょう。
それでも、新法には歴史的な意味があります。米国の住宅問題を「買える人が少ない」という需要側の問題だけでなく、「需要があっても建てられない」という制度と供給能力の問題として、複数の政策分野にまたがって扱う枠組みを整えたからです。
新法は住宅不足を解消する「答え」というより、住宅問題の診断と政策手段を供給側へ広げた転換点と位置づけるのが妥当です。
投資家が見るべきは、現在の希少性だけではない
日本から米国不動産へ投資する場合も、人口増加、雇用、住宅価格、家賃だけでなく、その地域が需要に応じて住宅をどれだけ増やせるかを見る必要があります。
確認したいのは、建築許可件数、住宅着工・完成戸数、許認可期間、ゾーニング改革、ADUや敷地分割の可否、集合住宅の建設パイプライン、上下水道や道路などのインフラ容量です。新法に基づく連邦支援をどの自治体が獲得し、それを実際の建設へつなげられるかも重要になります。
供給が増えやすい地域は、人口や企業を受け入れやすく、長期的な地域成長を支えやすい一方、新築物件との競争によって既存物件の賃料上昇が抑えられる可能性があります。
反対に、供給制約が強い地域では既存物件の希少性が保たれやすいものの、高い住宅費が住民や企業の流出を招くかもしれません。将来、規制改革が進めば、それまで価格を支えてきた希少性が低下する可能性もあります。
「供給が増える地域は買い」「規制が厳しい地域ほど有利」と単純には判断できないのです。
米国では30年以上前から、住宅を建てにくくする制度の問題が認識されていました。それでも改革が進まなかった歴史は、住宅市場が金利や人口だけで動くのではなく、政治と制度によって形づくられていることを示しています。
新法の成立後に注目すべきなのは、全米平均の住宅価格がどう動くかだけではありません。どの州・都市が制度改革を実際の建設へつなげられるのか。その地域差は、今後の住宅価格や家賃、投資収益を左右する重要な要因の1つになるでしょう。
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