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トランプ政権の暴走にどう備えるか

経済成長と分断拡大のバランス

世界的に注目された米国大統領選挙の結果は、トランプ前大統領の圧勝で幕を閉じた。映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」で描かれたように、政治の分断が内戦へと発展するほどの過激な状況ではないが、当初から1860年代の南北戦争の再来を懸念する声があったことも事実である。歴史的な大接戦となった今回の大統領選挙を経験して、米国社会の分断が融和に向かうには時間がかかると思われる。
議会選挙でも共和党が勝利したことで「トリプルレッド」が成立し、大統領が行政執行において大きな権限を持つ状況となった。大統領予備選において、トランプ氏が次々と反トランプ派を退けた結果、共和党もトランプ氏を牽制することは難しい。これまでトランプ氏が掲げた選挙公約をどのように実現するかは、今後、新政権を支える主要メンバーが固まるなかで明らかになるだろうが、基本的には選挙公約から大きく変わらないものとみられる。
今回の大統領選挙における両党の選挙公約を見ると、中間層を重視する点では同じ方向性にあった。それでも「トリプルレッド」が実現した背景には、インフレに伴う生活苦を生んだ民主党政権の経済政策に対する厳しい評価があった。現在はインフレが鎮静化しつつあるとはいえ、トランプ大統領(第1期)の4年間に比べて物価は高く、消費信頼感指数等のアンケート調査結果の悪化に見られるように、生活が厳しくなったと感じる国民は多かった。

図表1:トランプ政権とバイデン政権時のインフレ

12_2図1

出所:QuickFactSet

トランプ氏はスージー・ワイルズ氏を大統領首席補佐官に起用するなど、次期政権スタッフの人選をはじめている。日本もその動向を睨みながら、次期政権の政策運営の予想と今後の対応をシミュレーションする段階に入っている。今回はトランプ氏の意向をより反映する政策運営が見込まれるため、各国からは、米国からの要求が過激化する可能性に対して危機感が高まっている。関税の引き上げ、パリ協定の再離脱、ウクライナ支援の中止などにとどまらず、NATO脱退といった政治カードもちらつかせる外交が展開される可能性もあり、それらへの準備も急がれる。
ただし、第1期トランプ政権の歴史を振り返ることによって、ある程度は今後の政策遂行パターンを予想することができるだろう。この点は、2016年にトランプ大統領が初当選を決めた時の状況と大きく異なる。今回は、トランプ大統領の行動の予見可能性が相応にあるのである。
そのことは、金融・為替市場はトランプ氏有利との思惑が高まるなかで、ドル高・金利高・株高という「トランプトレード」が生じていた点にも表れている。確かに、第1期でもトランプ大統領は予想外の行動によって、特に同盟国との外交関係に大きな摩擦を引き起こした。しかしその政治手腕も伝統的なホワイトハウス流のものではなく、ビジネスパーソン流のディールであることを踏まえれば、権威主義的な諸国だけでなく同盟国においても、経済面で相応の負担増が生じるだろう。しかし、米国経済全体にとってみれば、トランプ氏の再登板は、米国経済の成長を加速させるだろう。特に、トランプ氏が次回2028年の大統領選挙の出馬を否定しているように、短期的な景気刺激策を打ち出す可能性は大きく、「トランプトレード」はこれを見越した動きであったと解釈することもできる。
一方で、第2期におけるリスクは、トランプ氏が暴走して政治経済を混乱に陥れることである。トランプ氏の経済政策の方向性は、米国第一主義を掲げながら企業活動を活発化させることであるが、その政策が行き過ぎる場合のリスクは、米国内における不平等の更なる拡大である。その点では、米国の分断は更に広がるというリスクを念頭に置く必要がある。

金融・為替市場はファンダメンタルズに回帰する

トランプ氏が大統領選挙で掲げた公約は、景気拡大に向けた財政拡大と関税引上げ等と規制緩和による生産性向上を同時に進めるものであり、インフレとディスインフレのバランスを図ることが求められる。金融・為替市場では、当初はインフレ圧力が強まるとの思惑から金利高とドル高で進んだ。ただし、世界経済に目を転じれば、足元の中国経済の低迷は、過剰在庫を海外へ輸出することで、世界全体にデフレ圧力を強めている。中国政府は今後5年間に地方債務対策として10兆元を投じることを表明しているが、1990年代の日本の不良債権処理の経験を踏まえると、中国初のデフレ圧力は当面続かざるを得ない。米国の関税引上げ幅次第であるが、貿易減少による景気減速も考慮すれば、市場が予想するほどのインフレ圧力が顕現化するかは不透明であろう。また、中長期的にみれば、米国産業の生産性向上によるディスインフレの影響も大きくなる可能性がある。FRBの利下げ継続によって、いずれ長期金利は低下する局面を迎えるだろう。その際には、過度なドル高には修正に向かうことが想定される。

図表2:金利と為替の動き

12_2図2

出所:QuickFactSet

今回の大統領選挙期間中、株式市場は比較的堅調な動きを続けていたが、それでも結果が見通せないなかで、リスク回避的な動きも見られた。特に長期投資家は慎重なスタンスを維持しており、ウォーレン・バフェット氏のバークシャー・ハサウェイはアップル株を追加売却するなどで、現金保有額は過去最高に上ると報じられた。既に割高となっているハイテク株には、いずれスピード調整が生じる可能性もある。最終的には米国経済のファンダメンタルズに収れんする形で市場の動きは落ち着くものと思われる。

図表3:株式市場の動き(S&P500・NASDAQ・SOX指数)

12_2図3

注:SOXはフィラデルフィア半導体株指数
出所:QuickFactSet

住宅価格は株価よりも短期的な価格変動が小さく、ミドルリスク・ミドルリターンの特性を持っている。不動産は国の経済の力を示しているため、長期的に見れば経済成長を反映して動く。米国不動産はリーマンショックやコロナ禍による調整はあるものの、基本的には右肩上がりを続けてきた。足元では、金利高や住宅供給制約によって住宅市場も伸び悩む状況にある。今後は、インフレの状況やFRBの利下げによって、経済が安定的な拡大を続けることができるかが問われており、長期的な視点から経済成長を評価する視点が重要である。

図表4:米国住宅価格・金利為替の長期推移

12_2図4

出所:QuickFactSet

執筆日:2024.11.22

著者 柴崎健(SBI大学院大学 経営管理研究科教授)

1989年日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行後、みずほ証券にて金融資本市場の調査(金融・財政・マクロ経済・金融制度・ESG投資等)に25年間携わる。みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ) にてコンサルタント、みずほ証券グローバル戦略部にて産官学連携にも従事。
SBI大学院大学教授、京都大学客員教授、早稲田大学非常勤講師等を務める。

著書『金融緩和のもとでの国債リスク』、『2020年 消える金融』(共著)、『シナリオ分析 異次元緩和脱出』(共著)、 『金融資本市場と公共政策-進化するテクノロジーとガバナンス』 (共著)、『現代ビジネスエシックスと企業価値向上』(共著)等

 

※この記事は、執筆日時点の情報を基に作成しています。最新状況につきましては、スタッフまでお問い合わせください。

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