底が抜けたような“円安”に、ついに日銀(正確には財務省)がドル売り円買いによる大型為替介入をはじめました。せっかく多くの方が為替に興味を持っているタイミングですから、「【第9回】147円に迫るドル円相場…これはドル高?円安?それともユーロ安?」に引き続き、為替について解説してみます。
現在のドル高円安の主因は金利差です。2つの通貨間に著しい金利差がある場合、金利の低い通貨を売って、金利の高い(つまり預金利回りも高い)通貨を買うことで利益を得る「キャリー・トレード」が成立することは前回お伝えしたとおりです。利上げを繰り返すアメリカと、ゼロ金利を頑なに守る日本との間には大きな金利差があり、それが円が売られる原因になっているというストーリーは、多くのメディアが報じている通りです。
しかし、実はこの金利差による為替効果には賞味期限があることはあまり知られていません。先の理屈では、少なくとも金利差拡大が見込まれる市場環境であるかぎりはキャリー・トレードは成立するため、為替格差も拡大し続けるはずですが、歴史を振り返ると理屈通りになっている期間はごくわずかです。
次の図は、日米金利差のグラフと名目ドル円相場のグラフを重ね合わせたものです。そのうえに、金利差と為替差が順行しているとみなせる期間を緑に、逆行しているとみなせる期間を紫にマークしました(着色は私・浅井の主観です)。これを見ると、理屈通りの動きが見られる緑の期間は意外と短いことが分かります。2000年代に入ってからは、長くてせいぜい2年、ほとんどは1年未満で終わっています。
これは、目先の金利格差で稼いでやろうという投資家たちの資産よりも、長期的な視点でより有望な国に投資したいと考える投資家たちの資産のほうがいずれ勝ることの現れなのでしょう。
アメリカの利上げ開始から既に半年以上が経過しているため、そろそろ金利格差による為替への影響の賞味期限が近づいていると言えるでしょう。では、期限が切れた後に為替を左右する要因はなんなのでしょうか? それは言うまでもなく、実体経済です。その実体経済を測る指標としては、なんと言っても指標の王様とも言うべきGDPではないかと考えています。
2021年の実質GDP成長率を比較すると、アメリカの+5.7%に対し日本はわずか+1.6%。その差は歴然です。中身を比較しても、アメリカには好材料が山ほどあります。
日本はというと、以下の通り産業界が疲弊しています。
また、現在の世界経済のゆくえを考えるうえで外せないのがインフレです。全世界一斉にインフレに陥っているため、どこの国も条件は同じと考えてしまいがちなのですが、過去の歴史まで振り返ってみれば、インフレの脅威度は各国で微妙なグラデーションがあります。下の図は、アメリカと日本それぞれについて、生産者物価指数と消費者物価指数を重ね合わせたグラフです。
この2つの図から分かるのは、両国市場のインフレに対する反応速度の差です。アメリカのグラフでは、生産者物価指数と消費者物価指数の上下にあまりタイムラグがありません。最近の例では、ロシアのウクライナ侵攻など突発的に上下動の幅が開くことはありますが、生産者物価指数が上がれば消費者物価指数もほぼ同時に上がっています。下がるときも同様です。これは、アメリカの企業が、原材料費などの変動を市価にうまく転嫁できていることを意味します。
一方、日本のグラフを見ると、日本のグラフに度々タイムラグが生まれている場面があります。2013年から2015年ごろが特に分かりやすいのですが、生産者物価指数が上昇しているのに消費者物価指数は上がっていない、つまり企業の原価負担がましている瞬間があるのです。これは、日本経済が長きにわたるデフレによってスポイルされてきたことの証左です。経済環境の変化に素早く対応できない体たらくは、投資家たちからすればマイナス材料でしかありません。
金利格差による円安材料は、まもなく賞味期限切れになるでしょう。しかしそれは、円と日本経済が厳しい状況から脱することを意味しません。実体経済という、より本質的な尺度からみても、日本には好材料が少なすぎるからです。賢明なる読者のみなさまは、どうか資産分散をお考えください。
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