中国税関が発表した5月のレアアース永久磁石の輸出量データが、米国を中心に世界中を騒がせています。具体的なデータを挙げると、総輸出量は1,238トンで前年同月比74%減、前月比でも約53%減と急落。なかでも米国向けはわずか46トンにまで落ち込み、前年比にして実に93%減という壊滅的な数字だったのです。
通常では考えられないほどの急落が招いたのは、中国政府が4月4日に発効させたばかりの輸出許可制です。この制度ではサマリウムやジスプロシウムなど中・重希土類7元素と、それらを用いた磁石を「軍民両用」と位置づけ、軍事転用を防ぐという名目で、ライセンス取得を義務づけました。しかし、その審査プロセスは不透明で、書類の再提出要求が相次いだ結果、4月後半から多くの貨物が港で足止めされました。
5月下旬には米中間のジュネーブ協議を受け、中国商務省が一部大手メーカーに許可を発給しはじめましたが、輸出実績の回復には程遠い状況です。中国当局は「申請の8割は書類不備」と主張する一方、欧米企業は「意図的な引き延ばしだ」と批判しており、ライセンス発給は経済交渉のバルブとして機能しているもようです。
今回対象となった元素は、ネオジム磁石の耐熱性能を高める添加材として必須で、多くの産業に欠かせない重要素材です。輸出枠ではなく「許可制」ゆえに、中国政府は数量だけでなく送り先や用途を見極めて出荷を制御できるのがポイントで、各国との交渉において強いカードになり得ます。
1〜5月累計でも輸出は1万9,132トンと前年同期比14.5%減、2021年以来の低水準に沈みました。短期間でこれほど急激にボリュームが縮むのはレアアース業界でも例がなく、市場関係者は「2010年の尖閣ショックを超える」と警戒感を募らせています。さらに磁石の精製・加工では中国企業が依然として世界のシェアの9割以上を握っているという現実も重い事実です。輸出許可制が続く限り“蛇口”は中国側にあるのです。
最も大きな影響が表面化しているのは自動車産業です。EV車1台にはネオジム系磁石が1~2kg使われ、熱に強いジスプロシウム入り磁石は中国に依存しています。フォードはシカゴ組立工場でSUV「エクスプローラー」のラインを1週間停止し、GMやステランティスも在庫を食いつぶしていると警告しました。
防衛・航空も深刻です。ステルス戦闘機F35は1機あたり約400kgの希土類を搭載するとされ、米国防総省はレアアースを戦略備蓄枠に繰り上げました。輸出許可が軍事向けで絞られれば、兵器製造のボトルネックになりかねません。
家電やスマートフォンもモーターやスピーカーに磁石を多用するため、夏以降は値上げや発売延期が相次ぐ可能性があります。
こうした事態に対し、トランプ政権は「安全保障条項」を発動し、国内鉱山の税控除と精製工場への補助金を盛り込んだ緊急法案を議会に提出すべく協議を開始しました。またカリフォルニアのMPマテリアルズや豪州ライナスなど、中国以外の供給網構築を後押ししていますが、商業生産が本格化するのは早くても2027年とされます。
専門家は原因について三つの見方を挙げます。第一に「関税への報復カード」説で、米国の対中追加関税に対抗したもの。第二に「技術流出防止」説で、軍事転用を避け中国のハイテク覇権を死守する狙い。第三に「資源ナショナリズム」説で、希土類価格を管理し国内産業を高付加価値へ誘導する長期戦略です。
短期的にはライセンス発給の加減で供給が揺れる“蛇口外交”が続き、米メーカーは数量確保と値決めで翻弄されるでしょう。中長期ではリサイクルや代替磁石が進むとみられますが、中国が依然として加工・精製で首根っこを押さえている現実は変わらず、「米産業はまだしばらく中国の胸先三寸に振り回される」と見る向きが大勢です。
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