【この記事のポイント(Insights)】
2025年の米国経済は、「意外なほどしぶとい」。 この見方が今、ウォール街でも再び広がりつつあります。
2024年から25年にかけて、米経済に対してはかなり悲観的な予測が主流でした。 FRBによる歴史的な利上げ、インフレの粘着性、商業不動産の不安、政府財政の悪化。 加えて地政学リスクもあり、「景気後退入りは時間の問題」と見られていました。 実際、2024年後半のブルームバーグ経済調査では、12か月以内のリセッション確率を70%と見積もる声が支配的でした。
ところが、蓋を開けてみると、25年秋の時点で米国はなおプラス成長を続けています。 実質GDPは前年比で約2.4%成長(2025年第3四半期速報値)。失業率も4.3%前後にとどまり、個人消費も底堅さを維持。 この「予想を裏切る強さ」はどこから来ているのでしょうか?
まず注目したいのは、AI・テクノロジー分野への爆発的な投資です。
2023年末にChatGPT-5が登場して以降、米国ではAI関連の需要が本格化。 2024年からは、Google、Amazon、Microsoft、Metaなどのいわゆるハイパースケーラーが、一斉にデータセンターやAIチップ関連の設備投資に資金を注ぎ始めました。
実際、2025年上半期だけで、S&P500のITセクターの設備投資は前年比+62%。 GDP統計上でも、「構造物・知的財産投資」部門が大きく伸び、同年第2四半期にはGDP成長のうち約1.1ポイントがAI関連投資の寄与という試算も出ています(ハーバード大学経済学部調査)。
IDCによれば、2025年の米国内データセンター関連支出は年間4,500億ドル規模に達する見通しで、GDP比で見ても産業設備投資の中核になりつつあります。 また、NVIDIA、AMD、IntelなどAI半導体を製造する企業の生産ラインへの先行投資が大きく、これに伴ってサプライチェーン全体に設備更新の波が及んでいます。
つまり、住宅や消費の冷え込みを「AIバブル」が打ち消している構図です。 リセッション懸念の中、経済全体の浮力を保ったのは、この“狭く強いブーム”の存在でした。
さらに注目すべきは、これらの設備投資が単なるITセクターにとどまらない点です。 データセンター建設は電力・建設・不動産・通信インフラなど多様な業種を巻き込んでおり、実際に非製造業部門の雇用や資材需要の底上げにもつながっています。 こうした「波及効果」もまた、米経済を下支えしている要素の1つといえるでしょう。
2つ目の支えは、想定外に堅調な労働市場です。
利上げや景況感の悪化にもかかわらず、失業率は4.3%前後にとどまり、歴史的低水準のまま。 全米雇用報告によると、2025年に入っても平均月間雇用者数は約18万人ペースで増加を続けています。 パンデミック後の急激な回復は一段落したものの、全体としては「高原状態」にあると言ってよいでしょう。
特に注目すべきは、「プライム世代(25〜54歳)」の労働参加率が83.6%に達し、2007年以来の水準まで回復していること。 女性の就業率上昇や、高齢者の就労意欲向上といった構造変化も背景にあります。
加えて、企業のレイオフ率も依然として低く、いわば「職を失いにくい経済」が続いています。 米労働省によると、全産業平均での離職率は依然として月1%前後。 特に教育・医療、専門職サービス、公共インフラ関連では人手不足が続いており、雇用の供給制約が賃金を押し上げる構図が続いています。
さらに、インフレのピークアウトに伴って、実質賃金の伸びもようやくプラス圏に回復。 2025年第2四半期には、名目賃金が前年比+4.6%、消費者物価上昇率が+3.3%と、1%以上の実質上昇が確認されました。
雇用が堅調ということは、労働者の収入が途切れないということであり、個人消費の安定にもつながります。 国民の購買力が底割れしないことで、米国経済は失速せずに済んでいるのです。
もう1つのポイントは、米国の家計が「思ったより傷んでいない」ということです。
理由の1つは、住宅ローンの構造です。 米国では一般的に30年固定金利ローンが主流であり、2020〜21年の低金利期に借り換えを済ませた家庭が多く存在します。 その結果、現在の8%近い住宅ローン金利が新規購入者を苦しめる一方、既存の住宅保有者の負担はさほど増えていないのです。
また、消費者信用(クレジットカード等)の延滞率は一部で上昇していますが、総債務残高に対する負担率(Debt Service Ratio)は、依然として長期平均をやや下回っています。
さらに、家計資産は2025年第2四半期時点で176兆ドルと過去最高を更新。 株高・住宅高が「保有資産効果」を生み、心理的な支出余力につながっています。 とくにS&P500指数は年初来で+12%(2025年10月現在)、テック株を中心に個人資産の増加に寄与しました。
貯蓄率はパンデミック直後に比べて低下していますが、特に中〜高所得層の“過剰貯蓄”が消費の緩衝材となっています。 米連邦準備制度理事会(FRB)の分析によれば、高所得層の余剰貯蓄は2023年末時点で依然として約1.3兆ドル規模。 このクッションが、短期的な景気変動を和らげています。
一言で言えば、「家計のバランスシートが傷んでいないから、消費が落ちない」。 高金利でも米国経済が崩れないのは、この体質改善のおかげです。
とはいえ、米経済の強さには「裏側」もあります。
たとえば、テック主導の成長は、恩恵が一部に偏るリスクを孕んでいます。 株価上昇も主にAI関連銘柄に集中しており、セクター間の格差が広がっています。 中小企業や伝統産業では資金調達難や人材不足が続き、構造的な二極化の兆しも見られます。
また、住宅市場は新規購入者層にとって極めて厳しい状況が続いており、20代〜30代の「住宅取得難民」が増加傾向。 地域によっては家賃負担が可処分所得の50%を超える例も出てきています。 このままでは世代間の資産格差が一段と拡大する可能性も指摘されています。
さらに、AI・EV投資の加速が電力や素材価格に影響し、再インフレ(リフレ再燃)の芽も。 FRBは「利下げのタイミングを見極めにくい」とのジレンマに直面しています。 一歩間違えば、投資主導の景気過熱とインフレ再燃という“スタグフレーション的”リスクにもつながりかねません。
つまり、「底堅さ」は確かにあるが、それは“すべての人に行き渡っているわけではない”というのが実像です。
AIブームという狭い領域の強さが、GDP統計を支え、雇用市場の底堅さが消費の命綱に。 加えて、家計が過去の教訓から高金利耐性を身につけたことで、ショック吸収力が増しています。
これらは一時的な偶然ではなく、「産業構造」と「市場の厚み」という米国の強みから来るもの。 景気循環というより、構造の変化と呼ぶ方がふさわしいのかもしれません。
もちろんリスクは残ります。格差、資源価格、政策の迷走——“強いが偏った経済”には、崩れやすさもあるからです。 それでも、2024年に多くのエコノミストが語った「失速する米国」というシナリオは、いまのところ現実とはなっていません。このまましぶとく成長を続けるのでしょうか? それとも、クラッシュする時期が遅れただけなのでしょうか?
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