【この記事のポイント(Insights)】
2026年2月末、米国とイスラエルがイランに対する大規模攻撃を実施したことで、原油価格や株価をはじめ各種市場に混乱が生じています。米政権はこの攻撃の理由を、イランの核開発、弾道ミサイル、海上脅威、そして米国と同盟国に対する差し迫った危険への対応だと説明。国防長官ピート・ヘグセス氏も、作戦の目的をイランのミサイル、海軍、その他の安全保障インフラを破壊することだと明言しています。
ただ、ここで1つ立ち止まって考えたい点があります。それは、「イランが危険な相手だったか」と、「だから今すぐ戦争しなければならなかったか」は、同じ問いではないということです。本記事では、攻撃時点で米国および世界に迫っていた危機を紐解きつつ、このタイミングでの攻撃は本当に必要だったのかを考察します。
※執筆にあたっては、2026年3月11日までに公開されている情報をもとにしています。
まず、米国側の理屈を整理しましょう。今回の攻撃は、単に「核施設を叩く」という話ではありませんでした。政権の説明は、イランが持つ弾道ミサイル能力、海上封鎖や対艦攻撃の能力、さらに地域の代理勢力を通じた不安定化の力まで含めて、広い意味での脅威を削ることに置かれていました。APが報じたように、政権内では核、ミサイル、テロ抑止など複数の論点が並行して語られており、狙いはかなり広かったとみられます。
この見方に立てば、米国の判断は「明日にもイランが米本土を攻撃する」というような単純なシナリオではありません。むしろ、イスラエルが単独で先に動く、あるいはイランが報復に出ることで、湾岸の米軍基地、ホルムズ海峡、原油輸送、同盟国防衛が一気に連鎖危機へ向かうことを恐れた、と考えるほうが自然です。実際、戦争が始まった後にはホルムズ海峡周辺の混乱が激化し、原油価格が一時100ドルを超え、米国は戦略石油備蓄の放出に踏み切りました。つまり、イランが市場や物流を揺さぶる能力を持っていたこと自体は否定しにくいと言えるでしょう。
しかし、それでもなお残るのが、「その脅威は、今すぐ戦争を始めるほど切迫していたのか」という問いです。この点で重要なのが、ロイターが3月2日に報じた内容です。記事によれば、国防総省は議会に対し、イランが先に米国を攻撃しようとしていた兆候はなかったと説明していました。政権側は、弾道ミサイルや代理勢力が米国の利益に対する差し迫った脅威だったとは述べていますが、「イランが近く米軍を先制攻撃する明確な情報」が公開ベースで示されたわけではないのです。公開情報の範囲では、今回の戦争は、防衛戦争というよりも、将来のより大きな危険を前倒しで潰そうとする予防戦争寄りの性格を持っていたとみるほうが近いでしょう。
ここはかなり大きなポイントです。投資でも経営でもそうですが、リスクが存在することと、それにどのようなコストを払って対応するかの判断は別です。そして、戦争という手段は、資金や資源を食いつぶし、社会的・経済的な機会損失を生み、人命を危険に晒すという意味で、あらゆる選択肢のなかでも最大級のコストがかかる手段です。予防という目的に対し、それだけのコストを支払うことは妥当だったのでしょうか?
高コストの妥当性を測るには、リターンとして米国が何を得るかについても考える必要があります。
攻撃によって得られる可能性がある成果は、核関連施設の破壊や遅延、弾道ミサイル能力の低下、海上封鎖能力の後退、そして同盟国への抑止シグナルです。これらは決して小さな成果ではありません。数カ月から数年単位で、イランの行動を鈍らせる効果は十分ありえます。
ただし、その成果はあくまで「能力の削減」に近いものです。ブルッキングス研究所は、トランプ政権が最終的にはこの戦争を終わらせるための出口を探る可能性が高いとみていますし、ロイターが報じた米情報機関の評価でも、激しい攻撃にもかかわらずイラン政権はなお崩壊の兆しを見せていません。つまり、軍事的には傷を負わせられても、敵対関係の土台そのものが消えるわけではないのです。
ここに、この戦争の一番やっかいな本質があります。戦争で壊せるのは相手の施設や能力であって、相手との関係そのものではありません。イランの体制が残るなら、反米・反イスラエルの論理も、地域覇権競争も、代理勢力を使った圧力も、形を変えながら続く可能性が高いです。仮に体制転換が起きたとしても、それがすぐ親米化を意味するわけではなく、むしろ対米強硬を競う新勢力が前に出る可能性すらあります。ロイターは、現在の作戦だけで政権崩壊に至る可能性は低く、地上侵攻なしでは大きな政治変化を起こしにくいとの米情報評価を伝えています。
そう考えると、今回の戦争は、根本解決というよりも「時間稼ぎ」に近いものと言えるでしょう。より正確に表現するならば、イランの危険な能力を一時的に後退させ、より大きな危機の到来を数カ月から数年先送りすることです。もちろん、その時間稼ぎに価値がないとは言えません。核やミサイルの進展を遅らせ、ホルムズ海峡を人質に取る力を弱められるなら、それは現実の政策成果です。しかしそのリターンは、戦争という手段の重さに比して限定的に見えます。
では、なぜ米国はそれでも今やったのか。推測するしかできませんが、おそらく理由は1つではないでしょう。まず、安全保障上の判断として、イスラエルが先に動くなら米国も主導的に関与したほうが、被害の管理やエスカレーションの制御をしやすいという計算はあったはずです。同時に、同盟国に対して「米国は最後は動く」というシグナルを送りたかった可能性も高いです。さらに、国内政治上のインセンティブがゼロだったとも言い切れません。もっとも、これを単純な中間選挙向けアピールとみなすのも難しいです。ロイター/イプソス調査では、対イラン攻撃を支持すると答えた米国民は27%にとどまり、43%は不支持、56%はトランプ氏について「軍事力を使いすぎる」とみており、世論面ではむしろリスクの大きい賭けだったことがうかがえます。 そう考えると、政治的な思惑が全くなかったとは言えない一方で、それが主因だったと断定するのも難しいでしょう。むしろ、安全保障上の必要性が主軸にあり、その判断を後押しする要素として、政治的な演出や求心力確保の思惑も重なっていた、と整理するのが自然です。
日本からこの戦争を見るとき、重要なのは「米国が正しかったか、間違っていたか」という抽象論だけではありません。むしろ見るべきは、米国がどういう条件で「今しかない」と判断し、武力行使を正当化する国なのかという点です。今回のケースでは、切迫した1つの証拠というより、累積的な危険、地域全体のエスカレーション、同盟の信頼、原油市場への波及といった複数のリスクをまとめて、「もう待てない」と判断したように見えます。これは今後、中東以外の地域でも、米国が似たロジックを用いる可能性を示しています。
3月11日時点までの情報からフェアに評価するのであれば、「イランの脅威は実在する。しかし、公開情報の範囲では、“今この瞬間に戦争が不可避だった”とは言い切りにくい」という見方になるでしょう。今回の攻撃は、防衛戦争というより、将来の危険を前倒しで減らそうとする予防戦争に近く、そこで得られる成果も根本解決ではなく、能力削減と時間稼ぎの色が濃い。「戦争は本当に必要だったか」という疑問が国内外から投げかけられるなか、米政府はその必要性についての説明を今後も求められるはずです。この問いにどのように答えるのかは、米国の行動原理を読み取るうえで重要なヒントになるでしょう。
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