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米国とベネズエラを巡る“制裁の地政学”

作成者: 海外不動産コラム 編集部|2025.12.26

1.カリブ海上の「拿捕」や「空爆」は正当か? 横暴か?

2025年12月10日、カリブ海沖を航行していた大型タンカー「スキッパー号」が米軍に拿捕されました。この船はベネズエラの主要港から出港し、約180万バレルのメレイ原油を積載していたとされます。米財務省によれば、同船は制裁対象の国営石油会社PDVSAに関与し、イランとの瀬取り(洋上密輸)にも加担していたとの疑いがあるとのこと。

事件発生からわずか10日後の12月20日には、今度はパナマ船籍のタンカー「センチュリーズ号」が拿捕されました。この船は表向きは制裁対象外でしたが、偽名航行していたこと、いわゆる“ダーク・フリート(制裁逃れ船団)”の一部と見なされていたことが米国側の根拠です。

ベネズエラ側はこの2件に激しく反発。政府高官は「これは石油の窃盗であり、民間船舶への拉致行為だ」と述べ、国連安保理や友好国への訴えを強めています。

この拿捕劇、実は突発的な事件ではありません。当メディア記事「米軍、ベネズエラ発「麻薬ボート」を相次ぎ攻撃 原油・為替に波紋広がる」でもお伝えしたように、2025年9月、ベネズエラ東部の海岸を出港した高速艇が、米軍によって爆破されました。船には11人が乗っており、全員が死亡。米国側は「麻薬密輸組織『トレン・デ・アラグア』の所有するボートで、米国に大量の薬物を密輸しようとしていた」と説明しています。

驚くべきはその手法です。拿捕ではなく、空爆による破壊。つまり相手を法廷に立たせることなく、空から殲滅する方針にシフトしたということです。米政府関係者は「大統領命令に基づく攻撃であり、再発する可能性がある」と明言しました。実際、その後もカリブ海や東太平洋で同様の作戦が繰り返され、2025年だけで29隻のボートに対し少なくとも28回の空爆が実行され、100人以上が死亡したと報じられています。

このような“武力制裁”が常態化するなか、12月のタンカー拿捕は、「麻薬テロ資金を断つ」ための流れの一部として発生したと見ることができます。つまり、金融制裁の段階を超え、海上における制圧行動に踏み出したわけです。

2.1999年以来、四半世紀にわたり冷え込むアメリカ・ベネズエラ関係

なぜ、米国はここまでベネズエラに対して強硬なのでしょうか。その背景には、20年以上にわたる緊張と制裁の歴史があります。

1999年にウゴ・チャベス政権が誕生した際、米国との関係は一気に冷え込みました。チャベスは「21世紀型社会主義」を掲げ、石油産業の国有化や反米的な演説で知られた政治家です。米州ボリバル同盟(ALBA)を立ち上げ、イランや中国、ロシアとも接近していきます。

その路線を継承したニコラス・マドゥロ政権のもと、ベネズエラ経済は急速に悪化。ハイパーインフレや食糧不足に直面し、米国は2015年以降、経済制裁を段階的に強化しました。2019年にはPDVSA(国営石油会社)を完全禁輸とし、米企業の取引も停止。マドゥロ大統領本人には麻薬テロ容疑で1500万ドルの懸賞金がかけられました(現在は5000万ドルに増額)。

しかし、ここで浮上するのが米国自身のエネルギー事情です。ベネズエラの原油、特にメレイ原油と呼ばれる超重質原油は、米国の製油所では欠かせない素材でした。ウクライナ戦争による供給不安を受け、バイデン前政権は、公正な大統領選の実現を条件に2022年に制裁を一時的に緩和。米Chevron社には限定的に採掘・輸出を許可し、2023年には1日あたり10万バレル以上が米国向けに出荷されるようになります。

ところが、マドゥロ政権が野党候補の出馬を禁じたことで、この“雪解け”は頓挫。2025年にトランプ政権が復帰すると、再び最大圧力路線に舵が切られました。今回の拿捕事件は、まさにこの再強化政策の象徴的な一手と言えるでしょう。米国の強硬措置に対して、周辺国やグローバルサウス諸国は神経を尖らせています。

メキシコやブラジルの首脳は「軍事より対話を」と呼びかけ、国連の仲介を要請。中国やロシアは「一方的な長腕管轄権の乱用」として米国を非難しています。ベネズエラ国内では「No War for Oil(石油のための戦争は御免だ)」と書かれたプラカードを掲げる市民の姿も見られ、対立は国際世論をも巻き込む様相を呈しています。“制裁の地政学”は、いつしか境界線を越えつつあるのかもしれません。

 

 

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