2025年8月29日、米国で「デミニミスルール」と呼ばれる少額輸入品への免税制度が全面的に停止されました。これにより、個人からの100ドル以下の贈答品など一部を除き、すべての輸入小包に通常の関税が課されることになりました。これまで800ドル未満の小口輸入は免税対象とされており、越境ECの成長を支える仕組みとして機能してきましたが、その歴史に終止符が打たれた格好です。
背景には二つの懸念があります。第一に安全保障上の問題です。制度を悪用してフェンタニルなど違法薬物を小口配送で密輸するケースが相次ぎ、社会問題化していました。第二に経済的な問題です。中国発のSheinやTemuといった格安ECが、関税を回避して大量の商品を米国市場に送り込み、国内メーカーや小売業にとって不公平な競争環境を生んでいると指摘されてきました。トランプ政権はこうした背景を踏まえ、制度廃止を「国内産業保護と国民の安全確保のための措置」と位置づけています。
実務面では世界規模の混乱が広がりました。発表直後、88か国以上の郵便事業者が米国宛て発送を一時停止し、国際郵便量は一時的に80%減少。米国税関では小口貨物が滞留し、通関現場に「小包の山」が築かれる事態となりました。各国の郵便や物流企業は、通関手数料の上乗せや事前課税システムの導入など対応に追われ、国際物流の再編を迫られています。
消費者への負担増は避けられません。Yale大学の試算では、制度停止による負担は米国世帯あたり年間136ドル、1人あたり34ドルにのぼるとされます。特に低所得層やマイノリティ層では、衣料や生活雑貨の値上がりが家計を直撃します。若年層の行動変化も顕著で、Z世代の23%が中国系サイトでの購買を停止し、さらに25%以上が「購入を様子見」と回答しました。調査では消費者の4割以上が価格上昇や送料増加を実感し、3割以上が配送遅延に不満を抱いているとの結果も出ています。これまでの「安く早く届く」越境ECの常識が崩れ始めているのです。
小売や物流の構造にも波及しています。海外ECは価格引き上げや米国内倉庫の設置など、ビジネスモデルの見直しを迫られています。物流業界にとっては、米国内での在庫確保ニーズが高まるため、物流施設やREIT(Prologisなど)への需要増が期待されます。一方、低価格品を主力とするディスカウントストアやショッピングモールにとっては、消費者の購買力低下が逆風となり得ます。
金融市場も敏感に反応しました。Temuを運営するPDD Holdingsの株価は一時17%急落し、中国系EC関連株には逆風が吹いています。その反面、ウォルマートやターゲットなど国内小売大手は、価格競争の条件差が解消されることで競争環境改善の恩恵を受ける可能性があります。投資家の間では「保護主義強化によるインフレ圧力増大 → FRBの利下げ余地縮小」というシナリオへの警戒感が強まっています。
中長期的には、安価な輸入品に依存した消費習慣が崩れ、若年層の購買行動やファッション文化そのものに変化をもたらすかもしれません。また、サプライチェーンの「中国依存からの脱却」が加速し、物流や生産拠点の地域分散が進む可能性があります。今回の制度変更は、単なる通関ルールの修正にとどまらず、国際貿易と消費スタイルの双方を揺さぶる構造的な転換点といえるでしょう。
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