【この記事のポイント(Insights)】
米政府はトランプ大統領が就任前から掲げていた「史上最大の強制送還作戦」を本格化。ICE(移民・関税執行局)は1日あたり3,000人ペースを目指して不法移民摘発を急いでいます。
この影響を受けるのは移民本人だけではありません。農業から建設、ハイテクまで幅広い米企業が「労働力不足と景気後退を招きかねない」とSEC(証券取引委員会)にリスクを列挙し始めました。すでに雇用統計や世界経済見通しにも暗い影が落ち始めており、日本企業・投資家にとっても対岸の火事ではありません。強制送還の全容と企業の悲鳴、そして波及リスクを追います。
トランプ大統領は就任初日となる2025年1月20日に一連の大統領令を発令し、国土安全保障省(DHS)とICEに「大規模送還インフラの拡充」と迅速な摘発を命じました。これには全国どこでも最長2年の在留であれば即時送還できる“拡大版エクスペディテッド・リムーバル”や軍の支援要請まで含まれています。
政策の実働部隊となるICEには、ホワイトハウス政策顧問スティーブン・ミラー氏直轄で1日3,000人逮捕のノルマが課され、一部メディアは6月までに全国平均で1日2,000人超を拘束する態勢が整ったと報じています。一時は農場・ホテル・レストランを対象外とする案も浮上しましたが、6月中旬に撤回され「聖域なし」での摘発方針が再確認されました。
同時に政権は「Project Homecoming」を創設。CBP Homeアプリで自主退去を申請した不法滞在者には無料帰国便と1,000ドルの出国ボーナスを支給する仕組みで、5月の初便では中南米へ64人が送還されました。
こうした施策は逮捕者数の加速という“成果”を挙げつつありますが、経済界からは早くも悲鳴が上がっています。SEC(証券取引委員会)に提出された企業のリスク開示がその証左です。
2025年に入り20社超が年次報告書などで「大量送還が事業に重大な影響を及ぼす」と明記。同種の言及は過去5年間でわずか6件だったことを考えると、その急増ぶりがお分かりいただけるでしょう。
特に目立つのは次の3社です。
そのほか、地域銀行や空港運営会社、通信・送金サービス企業まで幅広い業界が「労働力不足」「人件費高騰」「海外売上の急減」などをリスクとして列挙しています。共和党の支持基盤でもある中小農家や外食産業団体からも「移民排除は保守的価値観より経済安定を脅かす」との声が上がり、“保守=移民排除”から“保守=経済安定”への転換を求める動きが広がりつつあります。
米労働市場では5月の非農業部門就業者数は +13.9万人と、4月の +17.7万人や前年同月の +19.3万人を下回り、増加ペースが鈍化した一方、4.2%で横ばいという“ねじれ”が生じました。エコノミストは「労働供給が急減したため、雇用が減っても失業率が上がらない錯覚が起きている」と警告しています。
移民縮減で人手争奪が激化すれば賃金上昇が加速し、関税引き上げと合わせてコストプッシュ型インフレを招く恐れがあります。利下げが後ろ倒しになれば景気減速と物価高が同時進行するスタグフレーション懸念も指摘されています。
国際機関も警戒を強めています。世界銀行は6月のレポートで、世界成長率を2.3%へ下方修正し「2008年以降で最も弱い伸び」と表明。報告書は「関税引き上げと労働市場の逼迫がインフレ圧力を強めている」と分析しました。貿易交渉の停滞やサプライチェーン混乱が続けば、米国発の不確実性が各国へ連鎖し、投資の手控えや物価上昇を通じて世界景気を冷やすシナリオも現実味を帯びます。
トランプ政権の目玉政策の1つとされる大量送還方針は、選挙時のパフォーマンスとして高い効果を発揮したものの、実行フェイズでは米国内の労働力・物価・企業業績を揺さぶっており、世界成長の重石にすらなりかねない状況です。今後の企業決算と経済統計、そして政権の舵取りから目を離せません。
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