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トランプ政権、FRB理事解任で利下げ圧力強化──BLS局長解任に続く疑問の人事

作成者: 海外不動産コラム 編集部|2025.09.05

【この記事のポイント(Insights)】

  • トランプ大統領はBLS局長とFRB理事を相次ぎ解任し、統計と金融政策の双方に介入した。
  • リサ・クック氏は解任に値する理由が乏しく、狙いは利下げ圧力とFRB支配にあったと見られる。
  • 市場は短期的に利下げ期待で反応したが、制度独立性の低下が長期的信認を損なうリスクを孕む。

労働統計局長の次は、FRB理事を解任。前例のない人事介入が相次ぐ。

8月1日、BLSのエリカ・マッケンターファー局長がトランプ大統領の直接指示で解任されました。雇用統計の厳格な運営を主導してきた人物で、弱い雇用データを「政権に不利な材料」と見なしたトランプ氏が標的にした形です。統計の中立性を侵す未曾有の措置として批判を集めたこの件については、先日の記事「揺らぐ米国経済統計の信頼性—BLS人事騒動が示す政治介入のリスク」で紹介した通りです。

そしてその数週間後、さらに衝撃的な一手が打たれます。8月25日、トランプ大統領はFRB理事リサ・クック氏を「即時解任する」と発表。大統領による現職FRB理事の更迭は史上初です。労働統計という「材料」に続き、その数字を金融政策に反映する「解釈の現場」にまで手を伸ばしたことになります。

過去にも政治が中央銀行に圧力をかけた事例はありました。ニクソン政権が1970年代にバーンズFRB議長へ利下げを強く迫ったケースは有名です。しかし当時は議長への「口頭の圧力」に留まりました。今回は「現職理事の解任」という質的に異なる前例が生まれた点で、制度上の重みがまったく違います。

リサ・クックFRB元理事は「解任されるに値する人物」だったのか?

リサ・クック氏は2022年、バイデン政権によって指名され、上院の僅差承認を経てFRB理事に就任しました。FRB史上初の黒人女性理事であり、経済史やイノベーション研究を専門とする学者です。オバマ政権時代には大統領経済諮問委員会(CEA)でシニアエコノミストを務め、国際経済やイノベーション、さらには人種差別と経済成長の関係といった幅広い分野に知見を持っていました。

バイデン政権が「多様性の象徴」として送り込んだ側面はありますが、FOMCでの投票行動は極端なハト派でもタカ派でもなく、パウエル議長ら多数派と足並みを揃えてきました。インフレが高騰した2022〜23年には利上げを支持し、2024年にインフレが落ち着いてからは「利下げは急がず、慎重に」と発言していました。

市場や同僚からの評価も「突出して強硬ではないが、バランスを重視する理事」との声が多く、「解任されるに値する」人物ではなかったのが実情です。実際、FRB理事会で大きな混乱を招いた記録はなく、政策決定においても大勢の流れに沿って行動してきました。

根拠の薄い解任の裏に見える、「利下げ」を狙うトランプ政権の意図

トランプ大統領が挙げた解任理由は「住宅ローン申請に虚偽があった」とする不正疑惑でした。しかしこれは就任前の私生活に関する問題であり、すでに上院承認の過程で精査済み。法学者や元財務高官からは「正当な理由(for cause)に該当しない」との批判が相次ぎました。

解任理由の脆弱さを考えると、実際の狙いは別にあると見るのが自然です。ひとつは明白な「利下げ圧力」です。クック氏は追加利下げに慎重な立場を取っていたため、政権にとっては障害となり得ました。もうひとつは「FRB理事会の支配」です。クック氏を排除し、後任に自らの支持者を指名することで、7人中5人を自らの任命者で占められる構図が生まれます。多数派を握ることで、FRBの議決を政権寄りに傾けられるのです。

制度的な安全弁とされてきた中央銀行理事会を「数の論理」で押さえ込もうとする動きは、独立性の本質を揺るがすものです。

利下げ期待と制度独立性低下への危惧に揺れる市場

市場の反応は複雑でした。短期的には「政権の圧力で利下げが早まるかもしれない」との観測が強まり、株価は小幅高、短期金利は低下しました。投資家にとっては一時的に好材料に映ったのです。

しかし一方で、長期的なリスクを懸念する声も強まりました。中央銀行の独立性が損なわれれば、インフレ抑制への信認が失われ、長期金利は上昇。ドルも一時下落し、米国債の安全資産としての地位に疑念が生じました。「短期的な甘い果実」と「制度崩壊の苦い後味」という二面性が同時に現れた格好です。

専門家や政治家の反応も厳しいものでした。ラリー・サマーズ元財務長官は「もしこれが新常態化すれば深刻な脅威になる」と警告。エリザベス・ウォーレン上院議員は「独裁的な権力乱用だ」とSNSで批判しました。ブルッキングス研究所のエコノミストも「FRB独立性に対する致命的な一撃」と表現しています。法学者からも「解任理由は正当な理由に当たらない」との見解が広がっています。

当のクック氏本人も辞任を拒否し、法廷闘争に持ち込む構えを見せています。FRB理事職は14年任期で法的に守られており、大統領の一存での解任は容易ではありません。今回の前例は裁判で争われる可能性が高く、FRBの独立性をめぐる大きな司法判断につながるかもしれません。

トランプ政権によるリサ・クックFRB理事の解任は、単なる一人の人事を超えた意味を持ちます。利下げへの圧力であると同時に、FRB理事会を自らの任命者で固める布石でもあるからです。

短期的には市場が利下げを期待して安堵する場面もありました。しかし長期的に見れば、中央銀行の独立性という米国金融システムの根幹が揺らぎ、ドルや米国債の信認が損なわれるリスクが迫っています。

「利下げ狙い」か「FRB支配の布石」か。いずれにせよ制度の独立性を揺るがす前例が作られたことは確かです。米国経済の信頼は短期的な景気対策では買えません。今回の動きは、中央銀行の独立性を守ることの重みを改めて突きつけています。

 

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