【この記事のポイント(Insights)】
米国で「オフィス→住宅転換」が加速しています。このような思い切った用途転換プロジェクトというと、倉庫・工場地区をモダンな街にリノベーションするような華やかな例を思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、今起きている出来事は、それらとは少し趣が異なります。
背景にあるのは”都心空洞化”。コロナ禍以降、リモートワーク定着によって都心オフィスの空室率が上昇したことは広く知られています。2026年に入り、状況はさらに複雑化しています 。高金利の長期化によるオフィス市場の「自然回復」を待つシナリオが崩れ始めたこと。大量の商業不動産ローン(CREローン)借り換え問題が迫っていること。そしてAI時代を見据え、「今後オフィス需要そのものが以前ほど戻らないのではないか」という不安が広がり始めたこと。
ニューヨークやワシントンDCなどで行われるオフィスビルの住宅転換は、このような問題を解消する手段になることを期待されています。なぜ今、アメリカはオフィス街を「住む街」に変えようとしているのか。そしてこれは、不動産市場だけでなく、都市のあり方そのものをどう変えるのでしょうか。
現在の米国都心部で起きている問題を理解するうえで重要なのは、「オフィス空室率上昇」という現象だけを見ないことです。問題の本質は、むしろ都心そのものの役割変化にあります。
コロナ禍直後、多くの企業や投資家は「いずれ出社回帰が進み、オフィス需要も回復する」と考えていました。しかし2026年現在、米国企業の多くは、ハイブリッド勤務を前提に経営体制を組み立てています。固定席を減らし、オフィス面積を縮小し、本社機能そのものを見直す動きも珍しくありません。その結果、特に打撃を受けているのが、築年数の古いClass B/Cオフィスです。設備が古く、採光や空調性能でも見劣りするビルは、企業が「より少ない面積で、より高品質なオフィスを使う」方向へ動く中で競争力を失い始めています。
一方、最新設備を備えた高級オフィスには依然として需要が残っています。つまり現在の米国オフィス市場で起きているのは、「オフィス不要論」というより、「質への逃避(flight to quality)」です。ただし2026年に入り、市場の空気はさらに変わり始めています。以前はまだ、「景気回復や金利低下によってオフィス需要も戻る」という期待が残っていました。しかし現在は、投資家も金融機関も、「本当に以前の水準までオフィス需要は戻るのか」という疑問を抱き始めています。
背景にあるのが、高金利の長期化です。2024〜2025年頃までは、「FRBはいずれ大幅利下げへ向かう」という期待もありました。しかし2026年現在、中東情勢やエネルギー価格上昇、サービスインフレの粘着性などを背景に、金利低下シナリオは後退しています。これはオフィス市場にとって極めて重い意味を持ちます。なぜなら、多くのオフィスオーナーは、金利低下とオフィス需要回復、そして資産価格回復を前提に耐えてきたからです。ところが現在は、「回復まで持ちこたえる」という戦略そのものが成立しにくくなり始めています。
さらに現在、米国不動産市場で強く警戒されているのが、商業用不動産ローン(CREローン)の借り換え問題です。低金利時代、多くのオフィスビルは高い資産価格を前提に融資を受けていました。しかし現在は、オフィス価値下落、NOI(純営業収益)悪化、金利上昇が同時進行しています。その結果、「以前と同じ条件で借り換えできない」案件が大量に発生し始めています。特に警戒されているのが地方銀行への影響です。米国の地方銀行は商業用不動産向け融資比率が高く、オフィス価格下落が金融システムへ波及するリスクも指摘されています。
つまり現在のオフィス→住宅転換には、「空室対策」だけではなく、「不良資産化を防ぎ、用途価値を再構築する」という金融的意味合いも強くあります。用途転換は、都市政策であると同時に、資産防衛策でもあるのです。
この問題が深刻なのは、単なる不動産不況に留まらないからです。従来の米国CBD(Central Business District)は、通勤を前提に成立していました。朝になると郊外から大量の人々が流入し、昼に消費し、夜になると帰宅する。その昼間人口を前提に、レストラン、小売、地下鉄、都市税収までが成り立っていたのです。
しかしリモートワーク定着後、この構造が崩れ始めました。ランチ需要は減少し、都心小売は苦戦し、地下鉄利用者数も低迷。税収減少や治安悪化も問題化しています。象徴的なのがサンフランシスコです。同市では一時、オフィス空室率が30%を超え、「ダウンタウン空洞化」の象徴のように語られるようになりました。
さらに2026年現在、この問題には新たな不安も加わっています。それが、「AI時代のオフィス需要」です。生成AIやAIエージェントによってホワイトカラー業務の効率化が進めば、将来的に必要オフィス面積がさらに減少する可能性があります。もちろん現時点では不確定要素も大きいものの、市場ではすでに、「リモートワーク後の縮小で終わりではないかもしれない」という見方が出始めています。
つまり現在の都心危機は、一時的ショックではなく、働き方、金融、テクノロジーが複合的に都市構造を変え始めた結果とも言えるのです。
そこで急速に現実味を帯び始めたのが、「都心に住民を戻す」という発想でした。米国では現在、住宅不足も深刻化しています。特に大都市圏では賃料高騰が続き、若年層や中間層の住宅取得難が社会問題となっています。つまり都市は今、「余るオフィス」と「足りない住宅」を同時に抱えている状態にあります。
その結果、「オフィスを住宅に変える」というアイデアが、単なる建築的実験ではなく、都市政策として扱われ始めました。ニューヨークでは、25 Water Streetをはじめとする大型転換案件が進行しています。特に25 Water Streetは、米国史上最大級とも言われるオフィス→住宅転換案件であり、1300戸超の住宅供給が予定されています。また、ワシントンDCでは、「Housing in Downtown」政策を通じ、ダウンタウン居住人口増加を明確な政策目標として掲げています。
もっとも、この転換は決して簡単ではありません。一般には、「空いているなら住宅にすればいい」と思われがちですが、実際にはオフィスビルは住宅用途に向いていないケースも少なくありません。オフィスは大量の人員を収容する前提で設計されているため、フロア中央部に自然光が届きにくく、住宅に必要な窓や換気を確保しにくい構造になっています。また、住宅では大量の水回り設備が必要になるため、配管工事コストも大きく膨らみます。場合によっては、「解体して新築したほうが安い」とされるケースすらあります。
そのため現在の転換案件は、民間デベロッパーだけで成立しているわけではありません。税制優遇、ゾーニング緩和、補助金、歴史建築税額控除など、都市側の制度支援が総動員されています。つまり米国で今起きているのは、「民間主導のおしゃれリノベブーム」ではなく、「都市が生き残るための制度的総力戦」に近いのです。
もちろん、この再設計が成功する保証はありません。高級賃貸ばかり増え、中間層向け住宅不足が解決しない可能性もあります。高金利が続けば採算悪化リスクもあります。
それでも現在、米国都市が本気で用途転換へ動き始めているのは、「オフィス中心都市へ戻る未来」よりも、「新しい都心モデルを作る未来」のほうが現実的だと考え始めているからです。
20世紀型CBDは、オフィス集積と通勤、そして昼間人口を前提に成立していました。しかし現在、アメリカが模索し始めているのは、「住む」「働く」「遊ぶ」「消費する」を混在させた都市です。
オフィス→住宅転換とは、単なるリノベーションではありません。それは今、アメリカが「ポスト・オフィス時代の都市」を模索するための実験なのです。
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