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夏の酷暑、「タワマン犯人」説は世界の常識? 1960年代から通風設計に取り組む都市も。

作成者: 海外不動産Insights 編集部|2025.09.30

【この記事のポイント(Insights)】

  • タワマンが風を遮る説は都市伝説ではなく、世界で制度化された都市課題である。
  • 香港は通風評価を義務化、ドイツは気候地図でゾーニングし、都市全体で風を守ってきた。
  • 東京は研究先進だが制度整備が遅れ、投資家や住民に長期的なリスクが及ぶ可能性がある。

今年の東京も暑すぎる——。昼はうだるような暑さで、夜になっても気温が下がらない。エアコンを切るとたちまち蒸し暑さに包まれ、体が休まらない。そんな状況のなかでSNSでよく見かけるのが「湾岸のタワマンが海風を止めている」という説です。聞いたことはあるけれど、「本当にそんな単純な話なの?」と半信半疑の人も多いはず。

ところが世界の都市では、この問題はすでに古くから研究・検証され、行政の政策にも組み込まれています。東京の現状と、先行する香港・ドイツ(シュトゥットガルト)の対策を、専門用語をかみ砕いて直感的にわかるよう解説していきます。

妬み僻みじゃない! タワマンが酷暑を招くメカニズム

「タワマンに住む人への妬みから生まれた与太話じゃないの?」——そう片付けてしまう人も少なくありません。確かに、SNSで語られるタワマン批判には感情的なものも混じっています。ただ、都市気候の専門家から見れば、これは十分に説明可能な現象なのです。

都市は本来、海や川から吹き込む風が街路や緑地を通って抜けることで、熱や汚れた空気を拡散させています。ところが、高層ビル群が林立すると、それが“巨大な壁”となって自然の換気口を塞いでしまう。風速が落ちれば、空気はよどみ、昼間に蓄えられた熱は逃げ場を失います。その結果、夕方から夜にかけても気温が下がらず、熱帯夜が頻発するようになります。

直感的なたとえで言えば、部屋の窓を閉め切ったままストーブを焚いているようなもの。東京湾岸にそびえるタワーマンション群が、まさにその“窓”をふさいでいる可能性があるわけです。実際、香港や上海などの高密度都市では「風速が過去数十年で大幅に低下した」という調査結果も出ています。つまり「タワマンが風を止めて酷暑を招く」という見方は、都市伝説ではなく、世界的に検証されてきた都市気候学上の仮説なのです。

 

世界では“風を設計”している。香港とドイツの取り組み

この問題に真正面から取り組んでいる都市の代表例が、香港とドイツ・シュトゥットガルトです。どちらも気候条件や都市の成り立ちは異なりますが、共通して「風を都市計画の資源として扱う」姿勢を貫いています。

香港:超高層密集都市の逆襲

香港は超高層ビルの密集度で世界トップクラス。90年代以降、タワーマンションやオフィスビルが次々に建ち並び、街路風が劇的に弱まったことが社会問題になりました。2000年代には「ウォールエフェクト」という言葉まで登場し、ビル群が“壁”となって大気を閉じ込めてしまう現象が住民の間で語られるようになります。

行政も動きました。2005年に導入された通風評価(Air Ventilation Assessment=AVA)制度では、大規模な新規開発は必ず風環境への影響をシミュレーションすることが義務付けられました。設計段階でビルをピロティ(吹き抜け)にしたり、塔と塔の間隔を広げて風の通り道を確保したり、広場や公開空地を設けるなどの工夫が求められます。つまり「タワマンが風を止めるのでは?」という市民の不安は、行政によって制度的に検証・是正される仕組みへと進化したのです。

いまや香港では、設計者やデベロッパーにとって通風シミュレーションは当たり前。都市伝説どころか、開発許可を得るための実務ルールとなっています。

ドイツ・シュトゥットガルト:地形を読み解く“気候地図”

ドイツ南部のシュトゥットガルトは、山に囲まれた盆地都市。地形的に風がこもりやすく、大気汚染やヒートアイランドが古くから問題となってきました。そこで1960年代から市が取り組んだのが「気候アトラス」の作成です。都市全域の気温・風・地形を徹底的に調査し、冷気が流れ込む谷筋や緑地の役割を地図化しました。

その成果をもとに、市は通風コリドー(風の通路)をゾーニングで指定し、開発を厳しく制限しました。たとえば丘陵から市街地へ冷気が流れ込む谷では建築を禁止し、緑地として保全。市街地内部でもビル群を点在させるのではなく、緑地や空き地を連ねて風が抜けるルートを守る方針を徹底しました。

この仕組みは単なる指針ではなく、「地図→ゾーニング→規制」までを一体化させた法制度に組み込まれています。つまり行政が長期的に「風をデザインする都市づくり」を進めてきたわけです。香港が設計段階でビルに“風抜き穴”を開けるのに対し、シュトゥットガルトは都市スケールで冷気の流れを守る。手法は異なれど、どちらも風を都市資源と捉えた本気の対応です。

対策が遅れる東京。最大の課題は制度整備

では東京はどうか。実は研究や技術の面では世界水準に遜色ありません。東京駅八重洲口の再開発では、かつて海風を遮っていた鉄道会館ビルを撤去し、二棟のタワーを離して建てることで、湾岸から皇居方面へ風を通す設計が採用されました。シミュレーションによれば、周辺気温が2度ほど下がる効果があるとも試算されています。

問題は制度です。東京には香港のAVAやシュトゥットガルトの気候アトラスのように、全市的な「風の道マップ」や通風ゾーニングが整備されていません。再開発ごとに任意ガイドラインが作られることはあっても、面的・長期的な効果には乏しいのが現状です。

通風疎外対策で先行する都市と比較してみると違いは明らかです。

  • 香港:AVA義務化(大規模)→設計への反映◎
  • シュトゥットガルト:気候地図→ゾーニング→規制◎
  • 東京:ガイドライン・個別配慮○/法的裏付け△

つまり東京は「研究先進・制度後進」。知識も技術もあるのに、それを都市計画や規制にまで落とし込めていない。だから「タワマン犯人説」が都市伝説のように扱われ、制度的な検証や対策が進まないまま残ってしまっているのです。

今さらビル撤去は無理。それでもできる現実解は?

では、すでに建っているタワマンを壊すしかないのか? 答えはもちろんNOです。世界の都市でも、撤去ではなく調整と補完で対応してきました。東京でも現実的にできることは数多くあります。

  • 下層階の吹き抜け化(ピロティ)で風下へ抜け道をつくる
  • 公開空地や緑地をスリット状に配置して、都市に小さな“風の窓”を増やす
  • 河川・幹線道路・公園を連ねた「風の回廊ネットワーク」を都市計画に明示する
  • 建物の間隔や高さを誘導し、巨大な“壁”をつくらないようにする
  • 住民や企業が協力し、街区単位で“風の細道”を整備する

これらは一つひとつは小さな工夫ですが、積み重ねれば都市全体の風環境は確実に改善します。重要なのは、「風は自然エネルギーであり、無償で使える都市資源」だと認識することです。

 

SNSで広がる“胡散臭い説”ではなく、これは世界で制度化された都市の常識です。東京も一刻も早く「研究先進」から「制度実装」へと進む必要があります。

なぜ今、この問題に取り組むべきなのか。理由はシンプルです。ヒートアイランドの強度は風で下げられ、それが都市の様々なコストを引き下げるからです。冷房需要を減らし、熱中症リスクを抑えることは、エネルギーコストや医療コストの削減につながります。自然の風は停電中も都市を冷やしてくれるため、災害対策としての一面もあります。

つまり「風を資源として設計する」ことは、涼しさのためだけでなく、エネルギー、健康、防災を一体的に支える戦略なのです。1960年代からすでに取り組んできた都市もある中で、東京がいつまでも「胡散臭い説」と目を背けてはいられません。未来の都市を考えるうえで、風はもっとも身近で強力なインフラなのです。

同時に、不動産投資家や実需家にとっては、風を遮る建物は長期的に規制強化や資産価値低下のリスクを抱える可能性があることを忘れてはいけません。




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