【この記事のポイント(Insights)】
今、カリフォルニア州の住宅供給に大きな変化が起きつつあります。住宅の敷地内に建てる"離れ"の建設が急増しており、一部都市圏では、その建設許可件数が新築住宅の許可件数に迫る、あるいはこれを上回る水準に達したのです。
この現象は、住宅不足が生んだトレンドである以上に、住宅市場の構造そのものを変える新常識を生む可能性があると目されています。その新常識とは、個々の住宅所有者が住宅供給の担い手となる「住宅供給の分散化」です。
たかが"離れ"、米国内では「ADU(Accessory Dwelling Unit)」と呼ばれる小規模住宅が、それほどまでに注目されるのはなぜなのでしょうか? 本記事では、ADUの仕組みを紹介するだけではなく、その背景にある住宅供給モデルの変化と、不動産投資への影響について解説します。
住宅供給の分散化とは、一言でいえば、住宅供給の担い手が一部の大規模デベロッパーから、個々の土地所有者へ広がっていくことを指します。
これまで住宅供給の主役は、大規模な住宅開発会社でした。広い土地を取得し、造成やインフラ整備を行ったうえで、数十戸から数百戸規模の住宅をまとめて建設・販売する──。この集中型の供給モデルが、長年にわたり米国の住宅市場を支えてきました。
もちろん、このモデルが今後なくなるわけではありません。しかし近年は、高金利や建設コストの上昇、人手不足などを背景に、大規模開発だけでは十分な住宅供給を維持することが難しくなっています。
そこで注目され始めたのが、既存の住宅地を活用しながら住宅を少しずつ増やしていくという、新しい発想です。例えば、これまで1区画に1戸しか建っていなかった住宅を、母屋と"離れ"の2戸にする。それだけでも住宅供給は増えます。1件あたりの増加戸数はわずかですが、それが数万件と積み重なれば、市場全体では決して小さくない供給源になります。
しかも、この方法には大規模開発にはないメリットがあります。新たな宅地造成や道路整備をほとんど必要とせず、既存のインフラを活用しながら住宅を増やせるため、行政にとっても比較的導入しやすい住宅政策なのです。
ここで一つ、素朴な疑問が浮かびます。住宅供給を増やす方法は他にもあるはずです。例えば、低密度の住宅地を集合住宅向けにアップゾーニング(用途変更)すれば、同じ土地でもっと多くの住戸を供給できます。にもかかわらず、なぜカリフォルニア州はADUという手段を選び、これほどの規模で普及させることができたのでしょうか。
答えは、政治的な抵抗の少なさにあります。アップゾーニングは、既存の住宅地の性格そのものを変えてしまうため、近隣住民から強い反対を受けやすい政策です。一方ADUは、既存の一戸建て住宅の外観や街並みを大きく変えることなく、あくまで敷地内で完結する増築に見えます。しかも建てるかどうかの判断は個々の土地所有者に委ねられており、「行政や開発業者に住宅地の性格を変えられる」という近隣住民の不安を招きにくい仕組みです。
つまりADUは、住宅供給を増やしたい行政側と、既存の住環境を守りたい住民側という、本来対立しがちな二つの利害を同時に満たせる、数少ない政策的な"落としどころ"だったといえます。カリフォルニア州が2016年以降、他州に先駆けてADU規制緩和を段階的に進められた背景には、こうした政治的な通りやすさがあったと考えられます。
こうした「小さな住宅供給」を制度として後押しする存在が、冒頭でも紹介したADUです。
ADUはAccessory Dwelling Unit(付属住宅ユニット)の略で、既存住宅の敷地内に建てられる独立した住戸のことを指します。庭に小さな住宅を新築するケースのほか、ガレージや地下室を住居へ改装するケースも含まれます。日本でいえば「離れ」に近いイメージですが、その役割は単なる増築ではありません。
ADUによって住宅所有者自身が住宅供給者となることで、「住宅を供給するのはデベロッパー」という従来の前提が少しずつ変わり始めています。
実際に、カリフォルニア州では2016年以降、ADUに関する規制緩和が段階的に進められ、建設許可件数は急増しました。2022年には州内で新たに供給された住宅のおよそ19%をADUが占めています。そして2026年第1四半期には、住宅データ会社Cotalityが、ロサンゼルス都市圏でADUの許可件数(前年同期比8%増の約5,100件)が通常の住宅建設許可件数(約5,000件)をわずかながら初めて上回ったと報告しました。同時期のサンフランシスコでも、ADU許可が前年比23%増と伸びる一方、通常の住宅着工は36%減少しています。さらに全米レベルで見ると、2026年第1四半期の全米ADU許可件数(約1万3,000件)のうち3分の2以上をカリフォルニア州が占める一方、通常の住宅着工では同州のシェアは1割に満たないというデータもあり、ADUという供給チャネルが同州でいかに突出しているかがうかがえます。
もっとも、この数字を過大評価すべきではありません。米国全体の住宅着工が年間百万戸規模であることを踏まえれば、四半期1万3,000件というADU市場は、依然として全体から見ればニッチな存在です。「すでに構造変化が起きた」というより、「増加率の高さと政策的な後押しの広がりから見て、今後の伸びしろが大きい」という段階と捉えるのが実態に近いでしょう。
こうした変化を見ると、ADUは単なる"離れ"ではなく、住宅供給の新たな選択肢として定着し始めていることがわかります。
もちろん、住宅供給の分散化は自然発生的に起きたわけではありません。その背景には、州政府による継続的な制度改革があります。
カリフォルニア州では2016年以降、ADUの建設を妨げていた規制を段階的に見直してきました。例えば、駐車場設置義務の緩和、自治体による許可拒否権の制限、オーナー居住義務の撤廃、HOA(住宅所有者協会)による過度な建築制限の見直しなどです。
興味深いのは、一度の大胆な規制改革ではなく、「建てにくい理由」を一つずつ取り除く形で、8年近くをかけて制度を成熟させてきた点です。California YIMBYによると、州全体のADU建設許可件数は2016年から2022年までの6年間で15,334%増加し、累計約8万4,000件に達しました。もはや補助的な住宅ではなく、住宅供給を支える重要な柱へと成長しています。
では、この動きはカリフォルニア州だけの特殊な現象なのでしょうか。現時点では、「ADUという考え方」は全米へ広がる可能性が高い一方、その普及度や制度の徹底度合いには州・地域による差が生まれると考えられます。
実際、ワシントン州では2023年成立のHB1337により、都市成長区域内の自治体に対して1区画あたり最大2戸のADUを認めることが義務付けられました。コロラド州でも、成長管理法の対象となる一定規模以上の自治体にADUを認めることを義務付ける法改正(HB1152)が行われています。マサチューセッツ州でも2025年2月から州全域でADUを原則1戸まで権利として認める制度が始まりました。ネバダ州でも2025年に成立した州法(AB396)により、既存のADU条例を持たない人口の多い郡・市に対し、2026年7月までに条例を整備することが義務付けられており、今後さらに導入が進む見通しです。
背景にある課題は各州で共通しています。住宅価格の高騰、住宅不足、高金利、建設コストの上昇──。こうした問題を抱える地域では、「新しい土地を開発する」のではなく、「既存住宅地をより有効活用する」という発想が合理的だからです。
一方で、土地価格が比較的安く、郊外への開発余地が大きい地域では、大規模開発の方が依然として効率的です。つまり、ADUが全国一律に普及するというよりも、「土地が高く、住宅不足が深刻な都市部」を中心に広がっていく可能性が高いでしょう。
この変化は、不動産投資家にも少なくない影響を与える可能性があります。
ADUは、「既存住宅の家賃を上げるためのリフォーム」とは少し異なります。投資家が期待しているのは、敷地そのものの収益力を引き上げることです。例えば、これまで1戸しか賃貸できなかった土地が、ADUを建設することで2戸分の賃料を生み出せるようになります。これは単に家賃収入が増えるだけではありません。
収益不動産では、営業純利益(NOI)の増加は資産価値の向上にもつながります。そのためADUは、「土地を再開発する」のではなく、「土地を再資本化する」手法としても注目されています。
さらに近年は、金融機関の対応も変わり始めています。Fannie Maeは2025年10月、ADU付きの一戸建て住宅について、賃料収入を借入人の適格収入の最大30%まで住宅ローン審査に算入できるようガイドラインを更新しました。Freddie Macも同様に、ADUの賃料収入を一定の条件(賃貸契約額の75%相当、総収入の30%を上限)のもとで審査に反映する仕組みを整えています。また、高い住宅ローン金利を借り換えずに済むHELOC(ホームエクイティ・ライン・オブ・クレジット)を利用し、ADU建設資金を調達する事例も増えています。
ただし、この「再資本化」にはまだ摩擦も残っています。ADU付き物件の鑑定評価では、比較対象となる取引事例(コンプス)がまだ少なく、鑑定士がADUに特化した賃料相場や売買事例を見つけられないケースが指摘されています。Fannie Mae・Freddie Macの実務資料でも、そうした場合の代替的な鑑定手法が明記されているほどです。つまりNOIが理論上増えても、それを裏付ける鑑定・流動性の環境はまだ発展途上にあり、この点は投資判断において留意すべきリスク要因といえます。
制度、金融、建築──それぞれが少しずつ整備されることで、ADUは一部の特殊な住宅ではなく、新たな投資対象へと近づきつつあります。
さらに興味深いのは、ADUがAIやモジュール建築とも親和性が高いと考えられている点です。ADUは一般住宅より規模が小さく、設計を標準化しやすいため、AIによる設計支援や工場生産との相性が良いと見られています。実際、プレハブ型ADUを専門とする企業への投資も活発化しており、住宅を工場で生産し、現地では短期間で設置するというビジネスモデルも広がり始めています。
しかし、ここで立ち止まって考えたいことがあります。ここまで述べてきた「分散化」——供給の担い手が大規模デベロッパーから個々の土地所有者へ広がるという流れ——と、この「工業化」——プレハブメーカーなど少数の専門企業が標準化された部材を大量生産する流れ——は、実は方向性として矛盾を孕んでいます。
工業化が進むほど、「建てるかどうか」を決める意思決定者は依然として個々の土地所有者かもしれませんが、設計・部材・施工という供給チェーンの実質的な付加価値と交渉力は、少数のプレハブ企業側に集中していく可能性があります。極端に言えば、「大規模デベロッパーからの分散」が、最終的には「大規模デベロッパーから少数のプレハブメーカーへの主役交代」に終わる可能性も否定できません。
もちろん、土地所有者が最終的な意思決定権と所有権を握り続ける限り、これは完全な集中回帰とは言えないでしょう。しかし、少なくとも「住宅供給の担い手が本当に多様化するのか、それとも供給チェーンの一部が別の形で集約されるだけなのか」という問いは、ADUの将来像を考えるうえで無視できない論点です。もし住宅供給の分散化と住宅の工業化が同時に進めば、住宅市場は大きく変わる可能性がありますが、その変化の中身は「担い手の多様化」と「供給チェーンの再集中」が同時進行する、やや複雑なものになるかもしれません。
これまで「住宅供給」といえば、デベロッパーが土地を取得し、長い時間をかけて街を開発することを意味していました。しかし将来は、AIが設計し、工場で生産された住宅を、個々の住宅所有者が自らの土地へ設置する──そんな世界が当たり前になるかもしれません。ただし、これはあくまで萌芽的な動きであり、実際にどこまで普及するかは今後の技術動向や規制次第という点には留意が必要です。
ADUは、日本ではまだ「離れ住宅」や「二世帯住宅」の延長線上で紹介されることが少なくありません。しかし米国では、すでにそれ以上の意味を持ち始めています。
もちろん、ADUだけで住宅不足を解決できるわけではありません。有力な政策シンクタンクの間でも、住宅供給を増やす有効な手段の一つである一方、万能薬ではないという見方が共有されています。それでも、これまで大規模デベロッパーだけが担ってきた住宅供給に、個々の土地所有者が参加できるようになった意義は小さくありません。
宿泊施設の分野でシェアリングエコノミーが供給主体をホテルから個人へ広げていったように、住宅供給の分野でもADUは担い手を広げる一つの潮流になりつつあります。両者は規制環境も市場構造も異なりますが、「個人が既存の資産を使って供給側に回る」という構造的な共通点は示唆に富むといえるでしょう。
単に「離れ」が増えているだけのように見えるこの現象は、実は住宅市場そのもののルールを書き換える第一歩——ただし、その先にどのような主役交代が待っているかは、まだ見通せない——なのかもしれません。
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