トランプ大統領は米国社会に大きな変化をもたらしつつある。大統領就任後1ヵ月だけで100本超の大統領令に署名し、選挙で掲げた公約のうち半数に着手するという強烈な実行力を見せつけた(図表1)。金融市場では、関税の引き上げによる米国内のインフレ懸念の高まり、財政赤字に係る減税策の実施や政府予算効率化省(DOGE)よるリストラの動向に注目が集まっている。また、外交面でも同盟国との関係を見直す動きは明らかであり、ヴァンス副大統領が安全保障会議において、欧州の民主主義を批判したことが大きな話題となった。EUからの輸入品に対する追加関税や、ウクライナ停戦交渉において欧州に安全保障負担を強いる動きは、米国と欧州との分断を示しており、欧米の同盟関係も大きく変化したといえる。
また、トランプ大統領は、エネルギー政策も大きく変更しており、グリーン・ニューディールを終了させて、気候変動対策の予算を国内の資源・エネルギー開発に振り向けるものとなっている。電気自動車(EV)の義務化を廃止するとともに化石燃料の生産拡大への回帰に舵を切った。これまでEV化の動きは欧州も主導してきたが、EV産業育成の観点から見れば、中国が世界のEV市場を主導する状況である。この点からすれば、トランプ大統領のエネルギー政策は米中の経済戦争の面も強い。加えて、EVバッテリーには多くのレアアースが使用されており、安定的な資源獲得はEVのみならず、デジタルインフラには不可欠な点で、安全保障上の意義も大きい。ウクライナ停戦の見返りに米国が求めたとされるレアアースの供与も、米国の資源安全保障政策の一環と位置付けられる。
図表1:トランプ大統領が着手した主な政策(実施前のものも含む)
出所:各種報道より作成
このようにEV化で先行した中国に対して、米国のレアアースの確保は遅れていると言わざるを得ない。また、生成AIの開発競争が更に激化することは明らかであり、半導体製造のサプライチェーンを強靭化し、電力供給基盤を整備することは、米中の覇権争いにも大きな影響を与える。このような状況下、米国政府はレアアースの採掘を積極化しており、ネバダ州で60年ぶりとなるリチウム鉱山の採掘計画を承認した。この動きは、掘削技術の進歩によって米国内でシェールオイルの生産が可能となり、資源の獲得競争のパワーバランスを変えたシェール革命に次ぐ、第2のシェール革命となる可能性を秘めている。
リチウムはEV、パソコン、スマートフォンなどに利用される電池の原料となる重要な資源である。エネルギー転換に伴い、リチウム、銅、コバルト、ニッケルといったレアアースの需要は高まることが予想される。
国際再生可能エネルギー機関(IRENA)によると、リチウムは2030年にかけて需要が供給を上回ると予想されている。図表2は、2030年までのリチウムの需給予想である。ここで供給サイドを見ると、現行及び建設中のプロジェクトからの供給量を示すBase Case、そのベースケースに開発段階のプロジェクトを含むProbable、これに調査段階のプロジェクトを含むPossibleの3つの予想が示されている。最も供給量が大きいPossibleのケースでも、2028年頃にはリチウムの需要が供給を上回り、需給ギャップが拡大することが示されている。
なお、この需給予想は、カーボンニュートラルへの取り組みが進むことを想定したものであり、トランプ政権下で需要が伸び悩む可能性はある。その一方で、トランプ大統領はAIに対する規制緩和を指示する大統領令を発表しており、生成AIの利用が拡大するなかでデータセンター建設の動きが続くことが見込まれる。このため、半導体の需要の増加のみならず、電力の安定供給のための蓄電池も増やす必要があり、リチウムの将来的な需要が減少する可能性は低いだろう。
図表2:リチウムの需給予想
原資料:IRENA “World Energy Transitions Outlook 2022: 1.5℃ Pathway”(2022年3月)
p.302(Figure 7.4)
出所:環境省「令和4年度2050年カーボンニュートラルに向けた中長期的な温室効果ガス排出削減達成に向けた再生可能エネルギー導入拡大方策検討調査委託業務報告書参考資料2」
レアアースの埋蔵量は偏在している。リチウムもボリビア、アルゼンチン、チリの3カ国で世界全体の埋蔵量の半分以上を占めている。米国はこの3カ国に次いで世界全体の10.3%の埋蔵量を有している(図表3)。この点からも、米国のリチウム開発の潜在的な可能性は高い。
図表3:リチウム埋蔵量の世界シェア
出所:World Economic Forum“Lithium: Here’s why Latin America is key to the global energy transition” (2023年1月)
一方で、リチウムの生産量は、世界の半数以上をオーストラリアが占めており、これに続いてチリと中国で世界全体の9割を占めている。リチウムの供給はこれら3カ国の寡占市場といえる(図表4)。米国におけるリチウム生産は、これまではリサイクルによるものであり、リチウム鉱山の採掘は今後本格化するなかで、リチウム生産量も増加することが予想される。
トランプ大統領は、外洋大陸棚を含む連邦の土地と海域でのエネルギー探査と生産を促進したり、レアアースを含む非燃料鉱物の生産者や加工者としての地位を確立するための大統領令も発表している。グリーンランド等を含む領土拡大への意欲を示す背景には、安全保障の問題とともに、レアアースのサプライチェーンを確保する狙いがあるとみられる。
図表4:リチウムの埋蔵量と生産量の世界シェア
出所:World Economic Forum“Lithium: Here’s why Latin America is key to the global energy transition”(2023年1月)
レアアースの供給基盤を整備することは価格決定力を高め、世界経済における米国の重要性を高めることに繋がる。米国は2000年代後半にシェール革命を起こして世界一の原油算出国となり、石油価格の形成に大きな影響を与えて、現在の米国優位をもたらした。前述の通り、産業のコメは情報技術であり、それを動かすための電力、半導体をいかに確保するかは、かつての原油の確保以上の意味を持っている。トランプ政権は、国家の覇権を維持するために、全ての同盟国との協調よりも自国の成長基盤を独占的に確保することを選んだともいえるだろう。トランプ政権は、MAGA(アメリカ合衆国を再び偉大な国にする)の実現を本気で目指している。米国優位が続くことは、それ以外の国との差が更に大きくなること意味している。
執筆日:2025.2.28