2023年7月は日米欧の主要地域がそろって金融政策を引き締め方向に動かした。ECBは9会合連続となる0.25%の利上げを行い、主要政策金利を4.25%、誘導レンジを3.75%から4.50%のレンジとした。FRBも政策金利を0.25%引き上げて、5.25%から5.5%のレンジとした。欧米共にこれまでなかったペースで利上げをしており、足共のインフレに対して強く警戒感を持っていることがわかる。
ECBもFRBも今後の利上げの可能性を否定しておらず、インフレ指標次第であることはこれまでと変わっていない。しかし、将来の景気後退リスクについても引き続き留意する必要がある。IMFの世界経済見通しの7月改定値を見ると、世界全体では2003年の成長率見通しが0.2%引き上げられて3.0%となり、各国別のGDP見通しも2003年は上方修正が多くみられる。しかし、リスク要因としては、長引くインフレと利上げによる金融市場や資産価格の下落等が挙げられており、引き続き世界経済が後退局面に入るか否かは、各国中央銀行が過度な利上げを行わないかにかかっている。
ただし、IMFによる米国の経済見通しは2023年の1.8%から2024年には1.0%に減速する見通しであり、過度な景気後退入りを避ける観点から、米国の利上げ局面もそろそろ最終鏡面が近いとみられる。金融市場では約3割が0.25%の追加利上げを予想しているが、2回分の0.5%利上げを織り込む向きはそれほど多くない。
このような環境で、ようやく日本銀行も金利変動を市場にゆだねて、緩やかな金利上昇を容認するスタンスを示した。7月の金融政策決定会合では、イールドカーブコンロトール(YCC)として10年国債利回りの変動幅自体は「±0.5%程度」としつつも、新たに1.0%の指値オペを実施することを発表し、YCCの柔軟化を進めた。これは、世界の政策金利引き上げのなかで、日本だけが低金利政策を変えないことのリスクが大きくなっておりインフレや円安への対応である。これを受けて、10年金利は0.5%を超える水準に修正された。今後も、海外金利の上昇する場面では、日本でもある程度は市場参加者の見通しに沿った形で長期金利に上昇圧力が生じることになる。
図表1:日本の主要金利の推移
出所:日本銀行、財務省
日本銀行の決定は、政策変更というよりも今後の金利変動性を容認するという点で、疑似管理相場と位置付けられる。その点で、長期金利の変化は、現状においては1%未満の水準までと大きくない。結果的には、米国金利次第で世界の金融資本市場の動きが決まる構造も変わらない。外国為替相場においても、FRBの政策変更次第で水準が変わる状況にあり、追加利上げの可能性が残る以上、ドル高圧力が持続するだろう。
為替相場は経常収支、物価、金利、国際政治などの様々な要因で決まる複雑なものである。ただし、短期的には市場参加者が注目する要因で動くことが多く、足元では内外金利差が重要な要因となっている。ドル円相場については、理論的には内外の短期金利差に影響を受けるが、リーマンショック以降の未曾有の量的緩和によって金利機能が麻痺した結果、内外の長期金利差にも大きな影響を受けている。過去30年間でみれば、「米国10年金利-日本10年金利」が1%拡大すれば、7円のドル高になる傾向がある。この点からすれば、米国の10年金利が残り1回の利上げを織り込んで0.25%上昇し、日本の10年金利が0.5%上昇したとしても、内外金利差の0.25%の縮小による円高の影響は1.75円に過ぎない。
図表2:日米長期金利差とドル円相場
長期的に見れば、ドル円相場は日本の対外投資にかかっている。日本は貿易赤字国であり、第一次所得収支(海外から受け取る所得等)のプラスによって経常黒字国となっている。その点で、日本は貿易立国ではなく、既に投資立国になっている。このような日本の状況は、国際収支の発展段階では、成熟した債権国に分類される。
内閣府の資産によると、円安は貿易収支を減少させて所得収支を増加させて、日本全体では円安効果がプラスに働く可能性が示唆される。この点でも、経済構造の変化が円安のデメリットを緩和している。
図表3:為替レート変化による貿易収支と所得収支への影響
日本は貿易立国から対外純資産から多くの富を獲得する投資立国へ変化している。それは20年間のデフレ期において、低成長に陥った国内経済から成長を求めて継続的な対外投資を進めた結果である。特に、海外M&A(IN-OUT)からの投資収益が日本の金融収支を安定的にプラスにしており、日本の対外純資産の増加に寄与している。このように成熟した債権国である日本は、海外投資が成長を支えるドライバーであり、円安トレンドはキャピタルゲインを通じて資産価値を高める。このような対外投資が続く限り、円安トレンドはむしろ日本経済にとっても望ましいといえる。
図表4:日本の金融収支
執筆日:2023.07.31
著者 柴崎健(SBI大学院大学 経営管理研究科教授) 1989年日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行後、みずほ証券にて金融資本市場の調査(金融・財政・マクロ経済・金融制度・ESG投資等)に25年間携わる。みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ) にてコンサルタント、みずほ証券グローバル戦略部にて産官学連携にも従事。 著書『金融緩和のもとでの国債リスク』、『2020年 消える金融』(共著)、『シナリオ分析 異次元緩和脱出』(共著)、 『金融資本市場と公共政策-進化するテクノロジーとガバナンス』 (共著)、『現代ビジネスエシックスと企業価値向上』(共著)等 |