トランプ政権の発足に向けて、政権の主要メンバーが固まり、本格的な政策運営が始まろうとしている。選挙公約に掲げた関税の引き上げ、エネルギー政策の転換、不法移民への強硬な対応、そしてウクライナとロシアの停戦交渉の行方など、どれをとっても金融市場に大きな影響を与える要因である。今後もこれらの政策動向を睨みつつ、金融市場は短期的に大きく変動する可能性には留意する必要がある。
このような不確実性への対応には、分散投資を行うことでリスクを抑制しつつ効率的な運用を行うことが求められる。図表1は、2000年1月から2024年9月までの主要資産の累積リターン(円ベース)を示したものである。これを見ると、米国株式が最も高いリターンをあげており、次いで米国不動産となっている。また、インフレに強いとされた商品は実際には低いリターンであった。
一方、日本資産を見ると、2003年8月までは日本国債が最も高いリターンを挙げていたが、その後日本株式の累積リターンが上回っている。また、預金運用はこれまで殆どリターンを生み出していない。NISA等で個人金融資産の「貯蓄から投資へ」のシフトが続いているが、預金金利の低さが大きな要因であることが窺える。日本でもインフレが定着するなかで投資によって資産を守る意識は今後も強まることが見込まれる。
図表1:主要資産の累積リターンの推移
注:米国債はFTSE米国債インデックス、日本国債はFTSE日本国債インデックス、商品指数はBBG商品指数、米国不動産はケースシラー全米住宅価格指数、円預金は1ヵ月物預金金利。S&P500、米国債、米国不動産、商品指数は円貨に換算。
出所:Bloomberg等より計算
図表2は、同期間における各資産のリスク・リターン構造を示したものである。縦軸にリターン、横軸にリスクを取っている。原点と夫々の資産の点を結んだ直線の傾きが1リスク当たりのリターンを示しており、その傾きが大きければ投資効率は高くなる。同図を見ても、米国株式、米国債券、米国不動産は総じて投資効率が高く、リスクに応じて相応のリターンが実現していることが読み取れる。
図表2:主要資産のリスク・リターンの関係
注:2000年1月から2024年9月までの期間。円貨換算後。
出所:Bloomberg等より計算
不確実性が高い環境では、異なるリスク・リターン特性を持つ資産を組み入れて、多様化したポートフォリオを構築することが求められる。これまでも長期投資を行う年金などの機関投資家は、運用のポートフォリオの多様化を積極的に行っており、リスク管理とともに新たな収益機会を探してきた。
図表3は、日米の代表的な公的年金の資産配分比率を示している。CalPERS(カリフォルニア州職員退職年金基金)は、株式投資が過半を占めており、そのなかでもプラベートエクイティ(非上場株式)が1割を超えている。また、実物資産も1割強と多く、運用の多様化が図られている。2024年6月末時点では、年間リターンは9.3%、リスク(予想変動率)は13.5%である。世界最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、内外株式と内外債券でそれぞれ4分の1の資産配分となっている。また、株式や債券とはリスク・リターン特性が異なるオルタナティブ資産(不動産、インフラストラクチャ―、プライベートエクイティ)は1.5%程度(2024年3月末時点では3.6兆円)保有している。2021年度以降の年間収益率は4.26%となっており、リスク抑制型の運用スタンスに応じたリターンとなっていると考えられる。
図表3:大手年金の運用ポートフォリオ
注:CalPERSは2024年10月末の資産構成であり、別にその他資産計が0.2%ある。GPIFは2024年9月末の資産構成であり、オルタナティブ資産の1.5%が含まれる。
出所:CalPERS、GPIF資料
ここで、2000年1月から2024年9月までのリスク・リターン構造を前提として、資産配分の違いがどのようにポートフォリオに影響を与えるかを考えたい。図表4は内外株式・内外債券・米国不動産の資産配分をランダムに変化させた場合のリスク・リターンを示した例である。実際には1リスク当たりのリターンが高い資産配分が効率的であるため、同図の上の点の集合(効率的フロンティア)が資産配分の候補となる。その中から、夫々の投資家が目標リターンやリスク許容度によって、資産配分を決める必要がある。
図表4の下表の①はGPIFと同様に内外株式と内外債券でそれぞれ4分の1の資産配分の時に期待されるリスク・リターンを示しており、リターンが5.02%に対してリスクが4.85%となっている。ここに米国不動産を組み入れた場合が同表の②である。米国不動産を組み入れることでリターンの改善とリスクの低減が図られることが読み取れる。また、同表の③はリスクが相対的に低い日米国債の配分を減らして不動産への配分を増やすことでリターンを高めるケースである。その結果、リスクとリターンは共に上昇しているが、1リスク当たりのリターンは変わらないことが読み取れる。このため、②と③の投資効率上は同じであり、投資家のリスク許容度の状況次第で、目標リターンを高めに設定すれば、内外債券から米国不動産へのシフトは合理的な選択肢と考えられる。これらの資産の中で、米国不動産はミドルリスク・ミドルリターンの特性を持っている。また、不動産投資は、伝統的な株式や債券とは異なる特性を持つオルタナティブ資産として位置付けられており、リスク分散の重要性が高まるなかで、今後も年金等の機関投資家からの投資フローは継続することが見込まれる。
図表4:内外株式・内外債券・米国不動産によるポートフォリオの例
注:リターンとリスクの数字は2000年1月から2024年9月までの期間の各資産のデータを基に計算したものであり、各資産の将来予測は行っていない。
出所:Bloomberg等より計算
執筆日:2024.12.02
著者 柴崎健(SBI大学院大学 経営管理研究科教授) 1989年日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行後、みずほ証券にて金融資本市場の調査(金融・財政・マクロ経済・金融制度・ESG投資等)に25年間携わる。みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ) にてコンサルタント、みずほ証券グローバル戦略部にて産官学連携にも従事。 著書『金融緩和のもとでの国債リスク』、『2020年 消える金融』(共著)、『シナリオ分析 異次元緩和脱出』(共著)、 『金融資本市場と公共政策-進化するテクノロジーとガバナンス』 (共著)、『現代ビジネスエシックスと企業価値向上』(共著)等 |