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アメリカの分断は経済力に影響するのか

作成者: 海外不動産コラム 編集部|2024.10.15

大統領選挙で期待される政治変化

米国大統領選挙は、バイデン大統領とトランプ元大統領の第1回討論会が終了して、トランプ勝利の可能性が高まっていると報じられる。しかし、両候補とも高齢だけでなく様々な問題を抱えており、圧倒的な支持を得られる状況にはない。無党派層が選挙結果に大きな影響を与えることが見込まれるが、今回の選挙への失望感から、得票率自体も低くなる可能性もある。それは、今回の両陣営の大統領候補が新しいアメリカの姿を有権者に提示できていないことに原因があるようにみえる。
このような状況は、アメリカンドリームに対する米国人の見方の変化にも表れている。ピューリサーチセンターのアンケート調査によると、アメリカンドリームの実現を信じているかについて、属性ごとに違いがあることが明らかとなっている。米国人全体としては、今後もアメリカンドリームの実現は可能だと回答した割合は53%となっている。一方、アメリカンドリームは、かつては可能だったが今では不可能になったという回答は41%、そしてこれまで一度もアメリカンドリームは実現されていないという回答も6%ある。このように、次の成長に向けた期待感は、全体としては低下してきたことが読み取れる。この将来に対する慎重な回答結果は、景況感等のアンケート結果を集計する米国経済のソフトデータが比較的弱い状況にもかかわらず、予想以上に実際の経済指標が強いこととも整合的である。

図表1: アメリカンドリームの実現に対する見方

出所: Pew Research Center

同アンケート結果を支持政党別に比較すると、アメリカンドリームが実現可能であると答える割合は、共和党支持者の方が民主党支持者よりやや大きいものの、それほど大きな違いは見られない。一方、年齢別でみると大きな違いがあり、アメリカンドリームが実現可能であると答える割合は、65歳以上で最も高く68%に上るが、若くなるに従ってその割合は低下しており、18歳から29歳では39%まで低下している。このように高年齢層の将来に対する期待の高さは、大統領候補が高齢化することを容認している背景にある意識といえるが、米国の分断は、支持政党の違いではなく、世代間の分断に起因している面が大きいことを示唆している。
従って、米国が新たな成長に向けて変わっていくためには、世代交代が進むことが条件のひとつとなる。特にZ世代の意識としては、コロナ禍を契機に積極的な財政運営を行ったことへの批判は強い。財政赤字のツケを払わされるのは自分達の世代だという意識である。また、環境問題や地政学リスクに対する意識も強いため、民主党でも共和党でもZ世代から共感を得るには至っていない状況である。このような問題を正面から解決することは、今回の大統領選挙ではなく、2028年の時期選挙に期待するという意識に繋がっており、両候補のいずれが勝利したとしても、現状の延長線上にある施策が進み、ある種のモラトリアム的な4年間が訪れる可能性は相応にある。トランプ再登場に備える動きも見られるが、政治的な変化はあるにしても、米国経済の構造変革の有無という観点では、両候補の違いは大きくないとみることもできる。
また、同アンケート結果では、アメリカンドリームが実現可能であると答える割合は、所得層によって大きな違いがあり、高所得層で最も多く64%を占めている一方で、中所得層で56%、低所得層で39%まで低下している。アメリカの分断は、富の偏在から生じる面も大きいことが窺える。

富の偏在化がもたらす社会的不安定と経済的安定

富の偏在は米国を分断して社会の不安定性を増すという見方もあるが、その一方で、資本主義経済の成長ドライバーとしてのインセンティブという面で、米国経済の力強さの源泉でもある。所得階層別の純資産残高の変化を見ると、上位0.1%の高所得層が全体の1割強の純資産を保有している。そして、上位1%までで全体の30%、上位10%までで全体の70%程度を占めている。このように少数の高所得層に社会の純資産の大部分が保有されているという現実がある。このような経済状況と一人一票という民主的選挙制度との違いを勘案すると、富の偏在化は社会的不安定性を高めると同時に経済的には安定性を生み出す効果がある。
しかし、近年、純資産が増加する過程においても、高所得層の保有する割合は大きな変化が見られない。即ち、どの所得階層であっても純資産の増加の恩恵を受ける経済構造があるということである。

図表2:家計の所得階層別純資産残高

出所:FRB

家計の純資産額の増減内訳をみると、株式と不動産の変化による部分が大きい。米国では、全ての所得階層が株式や不動産保有を行うことで、経済成長の恩恵を受けており、資産効果が労働所得の格差を緩和する構造になっている。その点では、米国経済の安定性の源は資産市場にあるといってよい。

図表3:家計の資産別純資産の変化額

出所:FRB

米国民は、今回の大統領選挙で大きな変化を望んでいないようにみえる。それは、現状が資産価格の上昇によって豊かな生活を享受できる環境にあるためである。その資産市場の安定性は、FRBの金融政策の妥当性にかかっている。現在、金融市場では年2回程度の利下げを予想しており、インフレ動向の鎮静化が利下げの実現に繋がるかを注意深く見守る状況である。足元、弱い経済指標が発表される場面が増えており、日々発表される経済指標を織り込んで実質GDPを予想するナウキャストの数字は低下傾向にある。FRBが物価指標だけに固執せず、経済全体の減速を確認することで、金融緩和に転換するか否かが、経済の持続的な成長と政治の安定に繋がることが見込まれる。

図表4:ナウキャストによる実質GDP見通し

出所:アトランタ連邦準備銀行、ニューヨーク連邦準備銀行

執筆日2024.07.08

著者 柴崎健(SBI大学院大学 経営管理研究科教授)

1989年日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行後、みずほ証券にて金融資本市場の調査(金融・財政・マクロ経済・金融制度・ESG投資等)に25年間携わる。みずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ) にてコンサルタント、みずほ証券グローバル戦略部にて産官学連携にも従事。
SBI大学院大学教授、京都大学客員教授、早稲田大学非常勤講師等を務める。

著書『金融緩和のもとでの国債リスク』、『2020年 消える金融』(共著)、『シナリオ分析 異次元緩和脱出』(共著)、 『金融資本市場と公共政策-進化するテクノロジーとガバナンス』 (共著)、『現代ビジネスエシックスと企業価値向上』(共著)等